第6章 風邪をひいた土曜日
気を取り直そうと、美結は瞳を伏せた。
決して大きくはないソファとは言え、2人で座れば間には触れない程度の確かな距離感がある。それが美結とイルミとの守るべき一定ラインなのだろう。
イルミとはそもそも、元々タイムリミットのある 通常では出逢うことすらなかった関係だ。先程の映画になぞらえる、ではないが 言える時に素直な思いを伝えておくべきかと感じる。
静かな声で言った。
「……イルミ」
「なに?」
「……私正直ね、明日で最後だと思うと…イルミがいなくなるのが寂しい」
「日常に戻るだけだよ。お互いに」
「そうだけど。もっと一緒にいてイルミの事知りたいと思うし。…知ったらその分だけ離れた時がもっと寂しくなるし辛くなるとは思うけど…」
正論ばかりを言うイルミの表情を伺うのは少し怖かった。どうにか気持ちを伝えたくて、視線を落としたまま 甘えるようにイルミの腕に抱き付いてみる。
イルミは瞳だけを動かし 美結を見下ろしていた。
「じゃあさ」
「……」
「オレがここに居た事をミユの記憶から消したとしたら」
「…え?」
「寂しくないよね」
急に言われた言葉の真意を辿ってみる。
映画の登場人物に自身らを当てはめての質問なのだろうか。答えを迷ってしまう。
「この一週間がミユの記憶から消えれば今までの日常に戻れるし不都合は何もない。オレがいなくなった後の寂しいや辛いっていう感情も必要なくなる。」
「…」
「その方がミユの為?」
イルミを見上げれば その大きな黒目は探るように美結をじっと捉えていた。
問いの答えは当然決まっている。都合よく記憶を消すなど出来るはずがないし、この一週間をなかった事にもしたくない。
ただあまりにも真面目に問われたので 少しだけ答えるフリをした。
そして、再び顔を隠すようイルミの腕に額を押し付け、小声で答えた。
「忘れたくないに決まってる。会えなくても寂しくても……思い出は記憶に残したい」
「……そう。わかった」
こうして触れているイルミは確かに目の前にいるのに こんな話をしていると切なさが押し寄せてくる。わかりきった現実を突き付けたりせず 数刻前のように甘いメッキで包んで欲しくなる。
美結はイルミの腕にさらにキツく抱き付いた。