第6章 風邪をひいた土曜日
23時過ぎ。
見たいと言った映画が終わる。
「……っ…う〜……」
「いくらなんでも泣き過ぎじゃないの?」
「……この映画を泣かずに見れる人がいる事に驚きだよ…っ」
その映画はある韓国映画『私の頭の中の消しゴム』という名作だった。
新婚生活を幸せに送る若い夫婦の物語で、妻がある病に犯され 記憶を徐々に無くしてしまう。最終的には愛する夫の事すらわからなくなってしまうというものだ。
美結は以前にもこの映画を見たことがあった。展開は知っているにも関わらず、やはり涙なしには見られなかった。
本日は一日中寝ていたせいで食事もまともにしておらず、一度目のCMが始まったと同時に 冷凍うどんを2玉鍋に入れ そこに乾燥ワカメと卵も投入し、簡単な食事を用意した。
それをつるつる頬張りながら ソファに並び、始終無表情のまま画面を見つめるイルミと映画鑑賞をしたという訳だ。
「イルミっ…ティッシュ…」
「え また?」
「可哀想…っ愛し合ってるのに……」
「可哀想って何が?」
「何がって…この二人がだよっ」
「忘れる側は相手の事は愚か自分が置かれた環境すらわからなくなってる。忘れられる側は 記憶として相手を生涯思って心の中で生かす事は出来るよね。病は避けられない事実だし、つまり丸く収まってるんじゃないの?」
「……可哀想でしょ、どう見ても」
「まぁ映画も商売だしね。そういう風に見えるように作られてるんだろうけど」
淡々とした口調であまりにも客観的な評論を始めるイルミを少し怪訝そうに見る。
別に今に気づいた事ではないが この人はどこか変わっているというか、独特の感覚を持っているから仕方ないのだ。
少しだけそこに毒付いてみる。
「なにそれっ…イルミ映画評論が趣味なの?」
「ほとんど観ないけどね。まあ移動が長いと時々みることもあるけど」
「……好きなジャンルは?」
「好きっていうか、気になるのはやっぱり殺しが絡むやつかな」
「…………」
「ツッコミどころが多すぎてね。その殺し方ではそうはならないだろ、とか」
「…………実際の教員は教師ものの作品が苦手、みたいな?」
「そう。それだね」
会話の後味がやや微妙に落ちた。