第6章 風邪をひいた土曜日
イルミは腰を折ってくる。
視界が影がかり美結は丸い瞳を半分ほどに細めた。両頬をそっと包まれた。
黒い瞳に見つめられる。瞬きすらないイルミとの見つめ合いの勝負は少々こちらの部が悪い。美結の方が照れ臭くなってしまう。下手に空間を遮った。
「…あ、あの、?」
「考えてる」
「なにを?」
「したいようにしていい、なんて言われたからには何しようかなって」
「…なにするの?」
「ミユは?」
「え?」
「なにされたい?」
いつからイルミと、こんなに艶のある会話が出来るようになったのだろうか。互いの探り合いは何とも言えずに心地よかった。
でもきっと恋愛経験は美結の方が上、美結は小声で甘えてみせた。
「…イルミに……キス、されたい」
イルミの親指が美結の唇に触れた。柔らかさを確かめるようほんのり押し込められた後、真っ直ぐ高い鼻筋が近付いてくる。
先の展開を予想すれば 胸からはドクンと音が出る。
その刹那、美結はハッとした顔をイルミに向けた。
「待って。風邪が…っうつるかも」
「うつらないよ」
「でもっ」
「うつらない」
唇が触れる。きゅっと目を瞑れば、啄ばむようにそれは優しく繰り返される。
「…待っ…風邪うつったら…っ」
「平気」
繰り返していれば 当たり前にそれは深くなってくる。試すようにそっと唇を割り込んでくるイルミの舌の感触がなまめかしくて 思わず顔を反らせたくなってしまう。
「嫌?」
「…いやじゃ、ないんだけど…」
「じゃあもっとしていい?」
「……か、風邪が……っ」
「いいよ」
「え……?」
「うつしなよ」
「っ」
再び唇が重なった。半分ほど、少し強引に口内に押し入るイルミに驚き僅かに腰が引けた。
イルミの手が背に回る、そのまま滑る掌は逃げ道を断つよう美結の腰を引き戻す。指先がふわりと胸元に落ちてくる。
イルミはふと顔を上げリビングに目を向ける。美結は下からイルミの輪郭を見つめた。
「ど、したの…?」
「観るんでしょ?映画」
「…え…」
「もう9時になる。」
映画をみようと言い出したのは確かに自分であるが何とも微妙なタイミングだ。時間に忠実すぎるイルミもイルミだ。
つい、拍子抜けした顔をしてしまった。