第6章 風邪をひいた土曜日
「終わり」
「ありがとう」
普段より広がったままの髪を鏡で見ながら手櫛で整える。
美結はくるりと振り返り イルミの黒髪に手を伸ばした。
「ね、後で私も乾かしてあげようか」
胸元あたりの髪をツンツン引っ張れば 手元にイルミの視線が落ちる。美結の耳に 想像とは違う言葉が返ってきた。
「触りたがるよね。ミユって」
「え……どういう事?」
「会った翌日にはオレに触れてきた。前から思ってたけど 他人に迂闊に触るってオレには理解出来ない」
会った翌日と言えば火曜日。何かのきっかけに触れたのかもしれないが正直覚えていなかった。
いやらしさのない程度で異性へのスキンシップはそれなりに積極的な方ではあると思う。
しかし今はそれだけが理由ではない、真面目な顔で胸中を言葉にする。
「………それは、前に言ったことは嘘じゃなくて。本物じゃなくても今1番恋人に近いのはイルミだと思うし。……だからちょっとくらいは触れたり甘えたりもしたい。……ダメかな?」
「ま、いいけどさ」
その返答には素直に口元が緩む。指先になめらかな毛先を絡ませていると イルミが思い出したように話を切り出してくる。
「そうだ。ヒロシマだっけミユの故郷」
「うん。そうだよ」
「明日そこ行ける?」
美結の眉がふわりと上がる。瞬きしながらイルミを見上げた。
「どういう所か見てみたいなと思って」
「…でも…さすがに…広島は…」
日帰りで行くには遠い、そしてあまりにも急。時間もお金もかかる。
普通に考えれば無理だと断る所だが、その言葉が出ないのは明日がこの世界で一緒に過ごせる最後の日であるからなのか。
追い打ちをかけるように イルミは「ミユが生まれ育った出身地を見てみたい」と素直な言い方をする、もっと美結の事を知りたいともとれる提案だけに さすがに少しの切なさが込み上げる。
美結はイルミの髪からそっと手を離し、視線を下に向けた。
「……考えとく」
「うん。まあ無理ならいいし」
急に無言に落ちてしまった。
心の中に寂しさや切なさはあってもそれを表に出す気はなかった。
最後まで、楽しく笑顔で。
そう言い聞かせながら話題を探していると、言わずにいた一言があっさりイルミの口から出た。