第5章 勝負合コンの金曜日
イルミ以外の人間がぴたりと固まる中、耳にもう一度同じ声が届く。
「ミユ どうする?」
「………いい……やめてっ」
美結は掠れた小声で何とか答える。下唇が小刻みに震え 顔から血の気が引く思いがした。
「でも生かしておくとまたミユに余計な事するかもしれないよ」
「…………っ」
イルミの手元の金属がぎらりと光る気がする。美結は必死に声を絞り出した。
「イルミ やめて………」
「………」
「昨日………約束したよね?…危ない事しないって…」
「……そうだったね」
少しの間を置いた後、イルミは男から離れた。
「なっ…何なんだよ…お前ら……っ!!」
男は一旦その場にしゃがみこんだ後、捨て台詞と共にすぐにその場を走り去る。
その場にはサァサァと 雨の音だけが響いた。
男の走る音が聞こえなくなる頃、美結はその場にペタリと膝をついた。腰が抜けたと表現するのが近かった。
イルミは転がったビニール傘を拾うとそれを美結に差し出してくる。
「大丈夫?」
「………」
何か答えるべき、ただ何を言うのが正解かがわからなかった。
イルミはその場にしゃがむと 雨に濡れた美結の顔を覗き込んでくる。イルミの顔は 何もなかったかのように普段と変わらぬままだった。
「帰らないの?」
「……か、…帰る…」
何とか返事を返した。
腕を引かれ なかば無理矢理に立たされる。
折れたブランド傘をその場に残したまま イルミはアパートまでの道をゆっくり歩き出す。美結はそれについて とぼとぼと隣を歩き出した。
一本の傘の下を並んで歩くには空気は重い。
無言であるが故か 傘にぶつかる水音だけがやたら耳に響き、ますます雨が強まった気がした。