第5章 勝負合コンの金曜日
男の視線が上がる。その先を追えば 逆の改札口にあるビジネスホテルが見える。
こういう状況も想定内といえばそうとも言える。美結は必死に平常心を装い、掴まれた腕を振り払おうとする。
「………今日はダメだってば」
「いいじゃん。折角だしもうちょっと話そうよ」
「……離して…っ…」
腕を引かれ細い路地に引き込まれてしまった。
帰り方向が同じというのは嘘ではない様子だ、ひと気のないこの路地を抜けると逆の改札口へ出る事を男は知っているようだった。
この展開はさすがに焦る。ホテルにまで連れて行かれたらその後に待っているのはノリに任せた性行為だけだろう。今夜はそれを楽しめそうもないし、男に対し急に激しい嫌悪感を覚える。
美結は男の手を思い切り振り払った。
「ご…ごめん…っ…バイバイ!」
逆方向へ走り出そうとする。しかし再度腕を押さえられると冷たい塀に身体を押し付けられてしまった。
「……痛っ」
「そんなに嫌がらないでよ。何もしないって」
「……離してっ!」
「雨が止むまででいいからさ テレビでも観ながら話そうよー」
手に力を込めて男を押し退けようとするが 男はビクともしなかった。それどころか、掴まれた腕はさらに締められ違和感を感じるくらいだ。
きちんと一次会で帰宅していれば、改札ではっきり断っていればと今更後悔した所で後の祭りだった。男は背を屈め美結に目線を合わせてくる、唇が小さく震えてしまう。
「……ほんっと可愛いね 美結ちゃんて」
「やめてっ…!」
濡れた身体を押し付けられた。
かかる男の吐息が気持ち悪くて顔を逸らそうとすれば、顔を固定され身動きが取れなくなってしまう。
「やめっ……やだ!」
「行こうよホテル ほら」
目の前の現実から目をそらすよう、固く瞳を閉じるしかなかった。