第3章 お料理をする水曜日
17時半、本日の業務も終了の時間だ。
美結は笑顔で上司に声をかけた。
「お疲れ様です。失礼します」
「河合さん最近帰り早いねえ」
ひょいと身を乗り出してくる上司から そろそろ言われるのでは、と予想していた指摘が入る。美結は髪を耳に掛けながら 用意してあった言い訳を説明した。
「はい 今週頭から弟が大学受験の関係で上京して来ていて。今週末には帰る予定なので それまでは私も早めに帰らせて頂こうかと」
「ふうん そうなの。やることは終わってる?」
「はい。もちろんです」
本当のところは少しだけ残った作業をUSBでこっそり持ち帰るのだが。笑顔を武器に微笑んだ後、上司に会釈をし足取り軽く会社を出た。
満員電車を降りいつもの改札口で通勤定期をタッチする。
学生や買い物終わりの主婦、定時帰宅のサラリーマンと 駅は多くの人でごった返している。その間をするりと抜け アパートのある東口の階段を半分程降りた時、美結はぴたりと足を止める。
「あ………。」
駐輪場前に立っているイルミの姿を見つけた。
先方は美結の存在に最初から気付いていたようで すぐにぴたりと目があった。美結は急ぎ足で階段を下りイルミに近付いた、細いヒールが華奢な音をたてる。
「どうしたの?何かあった?」
「ミユがそろそろ帰る頃かと思って」
「えっ」
まさか出てくるとは思わない台詞を受け 思わず目を大きくする。肩に掛けた通勤バッグの持ち手を 両手でぎゅうと握り直した。
「………もしかしてお迎えに来てくれたの?」
「ちょうど外を見て回ってたしついでにね。」
自身よりは随分背の高いイルミを下から見つめた。
立ち姿はえらい迫力を帯びて見えるのは 独創的デザインのイルミの世界の服のせいだろうか。
服装然りだが 長髪も長身も人目を引く。キュートなOLとコスプレ同然の男のツーショットは珍しいのか、賑わう駅を往き来する人達のチラチラした目線が少し気にはなった。