第11章 ◉番外 St Valentine Day
そんなこと伊織に言われなくても百も承知、試行錯誤を繰り返した結果がこれだ。ビールを豪快に飲み素っ気ないフリをするしかなかった。
「彼氏だったらクリスマスにはいたよ。もうフったけど」
「え、早っ…そして報告受けてないんだけど」
「報告にすら値しなかったし。クリスマスに1人は嫌だっただけだし。まあ、ネクタイ一本で欲しかったバッグ買ってもらったしトントンかなぁ」
「いつか男に刺されるよ美結」
あっという間にビールは空、すぐさま次の缶へ手を伸ばし蓋をあける。ネイルが缶を擦り嫌な音がする傍ら、誰かのスマホは浮かれきっている。
「………伊織のスマホうるさいんだけど」
「ン、相田クン。明日予定より早めに帰れるかもって」
「………あーヤダヤダっ!」
ヤケ酒もヤケ食いも美容に悪いので我慢しているというのに、伊織のせいでますます気持ちに波が立つ。
少しでも癒しが欲しくなりザッハトルテを箱から出してみる。
完璧な円形も艶やかなグラサージュも、手作りとは思えぬ程申し分がなかった。ご丁寧にハート型のカードまで刺さっているではないか。だいたいこんなにも重量のあるケーキを美結1人で食べ切れる訳がない。残りは一体誰と食べればいいと言うのだ。
「……完成度高くてムカつく。食べていい?」
「うん 食べて食べて!」
「切る?箸でいっちゃう?」
「いいよ何でも。早く感想聞かせて?」
期待たっぷりな伊織の瞳はキラキラしていて本当に綺麗。御利益にあやかりたくて一枚だけケーキと伊織のツーショット写メを撮る。
わざわざナイフとフォークを取りに行くのも面倒で美結は箸に手を伸ばす。輝く表面に傷をつければ何とも言えない背徳感、こんなにも贅沢にチョコレートケーキを食べるのは初めてだった。
濃厚な甘さは 辛口ビールで締まった舌を簡単に溶かしてしまう。しっとり厚みあるチョコレート味の中、アプリコットジャムが淡い酸味をしとやかに主張している。