第10章 あなたと私の火曜日
「何ともないのか?」
「何が?」
「念をかけられたんだろう、後遺症や違和感が身体に残ってはいないのかと聞いている」
「ないよ 貴重な時間を一週間奪われただけ。あ、不安なら投獄なり邪念師に調べさせるなり好きにしていいし」
「いや、……お前の言葉を信じよう。」
話が切れれば イルミは再び足早に部屋の出口へ向かう。扉に手をかけると もう一度シルバのよく通る声が聞こえてきた。
「イルミ 油断はするなよ」
「うん。今回の事で骨身に染みたしね」
「一つ大きな仕事が入って来た。その段取りも必要だしお前にも協力してもらう。今回のミスはそれで相殺だ」
「うん。いいよ わかった」
つまりは報酬なしの役務提供、溜息が出る思いだったが 反論の術はない。イルミはそのままシルバの部屋を出た。
「あらイルミ 久しぶりね」
父親の指示通り 拷問部屋へ向かい 屋敷の広い廊下を歩いていると、後ろから声をかけられる。母は一切の気配もなく静かにこちらに近づいていた。イルミはゆっくり振り返る。
久しぶり、という台詞の割りにキキョウには少しもにこやかな様子はなく むしろ口調は冷たく態度も冷ややかで あからさまに雰囲気に棘があった。
「一週間もの間一体どこをほっつき歩いていたというの?」
「オレだって不本意だったし反省はしてるよ」
「言い訳はいらないわ」
キキョウはピシャリと言い放つ。
母の事だ、帰宅と同時に父の部屋でなされた会話は全て傍受していたのだろう。
一週間くらい 仕事で家を空けることはよくあるし そこまで咎められる覚えはない。ここまで突っかかることを言ってくるのは 仕事中のミスであったことが起因しているのだろうと想定出来る。キキョウは紅い唇から奥歯が砕けるのではと思う程の歯軋り音を漏らしていた。
「罰則がたったの2時間なんて…なんてこと…まったく…甘過ぎるわ……ッ」
しばらくギリギリとその音を響かせた後、キキョウはイルミに冷たく言った。
「いいこと?ミルはあの調子、パパはキルに甘いしカルトちゃんはまだ幼い。パパもお義父様も忙しいんだから アナタがしっかりしてくれないと」
「わかってるよ」
「わかってるなら真剣になさい。お仕事でミスをするなんて我が家の恥晒しも同然」
「今回の件に関しては否定はしない」