第10章 あなたと私の火曜日
あれから、終電近くまで呑んだ。
地元駅を降り アパートまでの道のりをふわふわした足で歩いて帰宅する。まだ一週間がはじまったばかりの火曜日でありこの時間である、周りに人は少なかった。
「はぁ……」
大きく息をつき、美結はふと空を見上げる。そこには細く美しい三日月が出ていた。
「……イルミは星に例えるなら三日月って感じかなぁ 太陽ではないし 満月もなんか違う気がするし」
ふふっと笑いながら小声で口にする。
真っ暗な夜空に凛と静かに、それでも他の星々を寄せ付けぬ絶対的な存在感を放っている。
イルミの顔も声も雰囲気も、美結に触れるぬくもりも、まだ鮮明に脳裏に蘇る。
「無事に帰れたのかな……今何してるの……?」
浮かぶ月に語りかけてみる。
願わくば、イルミにもこの瞬間に 自分の事を思い出していて欲しい。同じ夜景を見つめた夜のように、イルミの世界で同じ月を見つめていて欲しい。
切なさと愛おしさと、少しの猟奇を含んだ一週間に想いを馳せて欲しい。
そんなロマンチックなことを願ってみる。
「イルミ…………」
自分と月との距離は恐ろしく遠い、それを少しでも埋めるよう 片手を広げ それを高くに持ち上げた。
人差し指の割れた爪で三日月をなぞってみれば、昨日から緩みっぱなしの涙腺が再びおかしくなりそうだった。
突如現れた異世界の暗殺者は器用なようで不器用で。
冷たい物言いが多い割りには、ここでの経験は 初恋であり最後の恋だと忘れられない狡い言葉を残してゆく。
結局 謎の筆跡も解明できないまま。
見習いたい程の駆け引き術だと、皮肉に思う。
美結はそっと拳を握る、掴めない月を掴もうとする。
「またどこかで会えた時に……私に彼氏が出来てたって知らないんだから……っ!!!」
少し声を張り上げる。
月は美結を嘲笑うよう、少しも形を乱さぬまま空に浮かんでいた。