第9章 あなたが帰る月曜日
「……イルミのバカ……読めないし……」
この世界での共同生活の中、要所で文字が読めないとこぼしていたイルミの 小さな嫌がらせのように思えた。
でも、あのイルミのことである。もしかしたら本人は無自覚での置き土産なのかもしれない。
重ねて何度も、何度も何度も その文字を見つめた。
間の取り方からしておそらくは5文字。このシチュエーションで使うであろう言葉をいくつか想像した。
ありがとう
さようなら
しあわせに
あいしてる
わすれない
普通とはずれた感覚を持っているイルミならばこの場合に何と言うのだろう。
突拍子もない事を言いそうな気もするし、ストレートにベタな台詞を言う可能性もなくはないと思う。
ただその真実は美結にはわからないし、答え合わせのしようもないではないか。
あっさり美結を置いて帰って行ってしまうくせに こんな形で心に小さな爪痕を残す、イルミは憎らしいまでに狡いことをする。
そう感じずにはいられなかった。
「…最後の最後まで、意地悪なんだから…」
メモをそっとテーブルの上に置いた。膝を抱えてそれをじっと見つめてみる。共に過ごした時間が、頭の中によみがえってくる。
「……………っ」
正しい現実を、見なければならない。
恋愛ごっこは甘く切なく心を惑わすが 心地いいその温度にだけ浸ってはいられない、それが大人の事情である。
生活も、仕事も、家族の事も。金銭面も、道徳性も、価値観も。無視をするには大きすぎる。
自分達の世界で日常に戻り 各々がそれぞれの道を進む。イルミの出した答えの方が現実的で真っ当、正しい選択だと理解は出来る。
出来るのだが。
「…………イルミ…………」
それでも尚、出来ることならもう一度会いたいと思ってしまう。
また一緒にお喋りをしたり 食事をしたり、外出をしたり 触れ合ったり。
そう望むことはそんなにも罪作りなのだろうか。
「…………もう、会えないの…………っ?」
口先が紡ぐ小さな声は微かに震える。抱えた膝の中にそっと顔を埋めた。