第9章 あなたが帰る月曜日
必死の声はどこまで届いているのかわからなかった。
普段と同じく 全く動じる様子のないイルミは少しだけ首を傾げる仕草を見せる。じっとミユを見下ろしていた。
「小言云々はともかく。まさか最後にミユのその訛り口調が聞けるとは思わなかった」
「………っ」
これを切り札にする気は毛頭なかった。
ただ、上京してからこの告白に落ちなかった男はいないのは紛れもない事実なだけで。震えそうになる声で必死に想いを告げた。
「……好きじゃけん」
「それは言わないんじゃなかったっけ?」
「……うるさいアホ。あんたのことが好きじゃけん」
瞳が濡れているせいか、イルミの動きが綺麗なスローモーションに見えた。目の前に影がさしたかと思うと イルミは背を降りそっと顔を近づけてくる。
いつからか この瞬間が大好きになっていた。
イルミは片腕で、後頭部を抱きしめてくれる。手付きはとても優しくて 愛おしい人に触れると言うよりは 喚く子供をあやすようで、不覚にもそれが心地良かった。
微かに、こめかみに唇が触れた気がした。
イルミは静かに 美結から離れようとする。それを制止し 美結はイルミの両腕に手をかけ、そこをきつく握った。
「…行かないでっ、」
「無理だよ」
「やだ、帰らないで…っ」
「無理だって。オレはどうしても 帰らなければいけない」
「……じゃあ 連れてって」
「………」
「私を一緒に、連れてってよ…っ!」
一瞬イルミの動きが止まる。そして諭すように話出す。
穏やかな口調には迷いも憂いも何もなく あるのは自身が信ずる確たる信念みたいなものだけだった。
「目の当たりにしたらミユにはきっと理解出来ない。本当のオレも、オレの生活も仕事も家族も。ここにいた時みたいには暮らせないしミユの側にだけいられない。余計な事をするのも考えるのも必要ないし許されない」
「…イルミの邪魔は、しないもん…」
「一応考えてはみた、例えば一緒にいられたとしたらどうなるか。でもそれはやっぱり非現実的でリスクが大き過ぎる。確実にわかるのは、家族がいて故郷がある平和なこの世界で暮らすのが一番ミユのためになるってコト」
「…そんなの勝手に決めないで…っ」
「オレが好きなら最後くらい大人しく言うこと聞いてよ」