第9章 あなたが帰る月曜日
「河合さん お疲れ様」
「あ、先輩…お疲れ様です」
昼食後。
手洗い場で偶然会ったのは隣の部署の先輩社員だ。そう言えば先週もばったりこの場で会った覚えがある。OLたるもの食事後の歯磨きやメイク直しは当然であるし別に会うことは珍しくはない。
並んで鏡に向かい各々身支度を整える。何か話題を提供すべきかと考えていると 鏡越しに映る先輩の右手に視線が止まってしまった。
先輩の薬指はまっさらだ。先週にはそこに指輪があったはずなのに。
会話の流れで彼氏がいると聞いていたし 目ざとくもそれが気になってしまった。
「実はさー、週末に彼氏に振られちゃって」
「えっ……」
美結の目線を汲んだのか先輩の方からその理由を説明された。じっと見過ぎてしまい失礼だったかと美結は急ぎ視線をそらす。
先輩の顔を鏡越しに伺えば 寂しげな笑顔を浮かべていた。うまい慰めの言葉が瞬時に見つかる訳もなく会話はすぐに途切れてしまう。
不自然さのない新たな話題を頭で考えていると、先輩の方からぎこちなく元の話を繋いでくる。
「大学の頃からずーっと付き合ってたのにさー あっさり振るんだよ?酷いよねー」
「そう、だったんですね…」
「泣いて縋っても聞く耳持たずって感じで。ホント嫌になっちゃう」
「そう…ですか…」
泣いて縋る。俯瞰的にその光景を想像した。
恋愛を取り扱うドラマや映画ではお馴染みのシーンであるし それ程珍しいとは思わない。ただ現実問題、実際にそれをする機会がどれほどあるかと問われると 答えに詰まるし 少なくとも美結には無縁だ。
優しい男も構ってくれる男も好きだと言ってくれる男も回りに沢山いる。たった1人に固執し泣いて縋るなど理解が出来ないししたくもない。
「先輩 なんだか…大変だったんですね…」
「もう終わっちゃったし今更言ってもどうしようもないんだけどね」
先輩の痛々しい笑顔に つい自分を重ねてしまった。
美結にはそもそもプライドを捨てて泣いて縋る勇気もない、それをする事が出来た相手に 勝手に気持ちを重ねる資格すらない。
それなのに 泣いて縋るなどよくもまぁそんな惨めなことが出来るものだと、心の奥で冷たい感想を持つ自分が心底嫌になる。