第9章 あなたが帰る月曜日
駅からアパートまでの道中、ふと気になった事をイルミに聞いてみた。
「一週間で帰るって言ったよね?」
「うん」
「正確には何時?丸々一週間きっかりって事になるの?」
「オレに念をかけた奴はそう言ってた。先週ミユの部屋に出た時、部屋の時計は15時過ぎだったからおそらくはそれくらいの時間」
美結は隣を歩くイルミを上目遣いに見上げる。少し悪戯な声を出してみる。
「……何故か時間延長しちゃって私が仕事から帰ってもまだいたりして」
「それはそれで困るけど」
「私は嬉しいよ?」
「困るってば」
早めに起きたつもりであったが 家に着いてみればそこまで時間がある訳でもない美結は急ぎ出勤に向けた支度をする。
気合の入らぬ支度が終れば朝食だ。冷蔵庫はほぼ空である、仕方がないので昨日母が持たせてくれた手土産の中に簡単に食べられそうなものはないかと物色してみる。
「あ、もみじ饅頭があった!朝ごはんこれでいっか」
「なにそれ」
「広島定番のお土産。イルミも食べなよ 美味しいよ」
2つ手渡しした。大きな手には小さな饅頭が子供の手のように写り微笑ましい、割った物を口に入れるイルミを見ながらそう思った。
「……甘いこれ」
「お饅頭だしね」
「オレはおこのみやきの方がいい」
「なにそれ 可愛いコト言うねイルミは。時間あればまた作ってあげたいけどねー」
「さらに言えばだけどサチコが作ったヤツの方」
「……やっぱ可愛くない。あと母さんの事名前で呼ぶのやめてってば!」
2つ目の饅頭には手を付けないイルミを見ながら、こんな他愛ないやり取りがいつの間にか普通になっている事に また少し切なくなる。
いよいよ最後の別れの時間だ。
玄関で靴を履き イルミを振り返れば その大きな黒目はじっと美結を見返してくれる。イルミの持つ独特の眼光を放つ瞳に捉えられるのも これで終わりだ。
その瞳の奥に自分の存在を、この世界で過ごした証を、少しでも残して欲しくなる。美結は小声で願いを告げた。
「……ねぇイルミ」
「なに」
「元の世界に帰っても……私のこと忘れないで?」
「うん。忘れないよ」