第9章 あなたが帰る月曜日
どの道、日常へは戻らなければならないのはわかっている。それなら美結の平穏らしく 仕事で時間に追われた方が楽なのかもしれない。そうとも思えてくる。
「ミユ?」
「……やっぱり行かなきゃ仕事。忙しいの今」
会社に行くには服装や荷物の支度がある、一旦は家に戻らなければならない。洗顔を終え備え付けのアメニティで軽く肌を潤した後 着替えを済ませてホテルの一室を出ることになる。
薄暗い廊下を通りエレベーターに乗り込んだ。
ここへ来た時と同じ暗い空間は月曜の早朝だという事を忘れさせる。未だ二人きりの世界にいるような気がしてくる。
横からイルミを静かに見上げていると イルミがほんの少し首を動かし美結に目を落とした。
「何見てるの?」
「…………見惚れてるの」
「オレに?見惚れる要素なんかある?」
「あるよ。…………いっぱい、ね」
自然と笑顔が浮かんだ。
気付いたのはいつなのかよくわからないが本心でそう思えた。
個性の強い外見や雰囲気だけではなく、イルミには妙な魅力が沢山ある。
美結には理解し難い生活環境も、仕事内容も。固執した持論や卓越した身体能力も。
自分の生き方を確立し それを全うするために真っ直ぐ前を向きすぎて自分の感情にもおそらくハッキリ気付けていない。
何かに縛られたようなアンバランスなその生き方は美結の目には不器用に写る。それでも、そんな所でさえも、恋愛フィルターを通せば全てが愛すべき対象に感じられるから不思議である。
二人きりの密室は出たがまだ建物は出ていない。このエレベーターの中は現実と甘い夢の世界の狭間のように思えてくる。ダメ元でも言うなら今しかないだろう、迷っていた言葉を小声で告げてみる。
「……帰らないで。イルミがいなくなったら寂しい」
「オレにはやらなきゃならない事が色々ある。帰らないワケにはいかない」
「……そうだよね」
イルミの返答は想像通りであるし驚きはしない。寂しさが募るばかりだ。
「そんなに寂しいなら一緒に来たい?」
「え……」
「オレの世界に」
昨日、行為の最中に投げられた言葉はその場限りの台詞だと思っていた。それだけに 言葉の真意はどちらだったとしても そう言ってくれる事がただ単純に嬉しくなってしまう。