第8章 最後の夜
その後。
身体を少しでも動かせば しんとした浴室には パシャリと湯水が揺れる音が響く。
「はあぁ…」
憂いを帯びる溜息は我ながら色気を醸し出している、美結は自画自賛でそう思った。
事情の後、ホテルの浴室で大きな浴槽に浸かった。備えられていた入浴剤を入れたまろやかな香りの湯に包まれる。ぬるめの温度が気だるい身体に心地よく 程よい眠気を誘ってくる。
もはや無意味に溜息をついてみる。
「はあぁ…」
「何?そのわざとらしい溜息」
「余韻に浸ってるの」
「余韻?何の?」
「イルミとイチャイチャした余韻」
「色々文句言ってたくせに。そんなに良かったの?」
「……気持ちの問題だもん」
可愛く拗ねた声を出す。
顎先をイルミの浮いた鎖骨に預けたまま、首に回した腕をさらにきつく巻きなおせば 自ずと唇がイルミの首筋に触れる。瞳を閉じて筋肉の乗る身体の感触と微かな息遣いに酔いしれる。
耳元には既に何度目かになる 甘い雰囲気を壊すイルミの正論が聞こえてくる。
「いい加減もう少し離れてくれない?」
「嫌」
「これじゃあミユの部屋の狭い風呂に無理やり二人で入るのと変わらないよね」
「いいの!」
男の生態はそれなりに理解しているつもりだが今夜くらいはこちらに付き合ってもらいたい気持ちもわかって欲しかった。
目的が終われば悪びれる様子もなくさっさと美結をまたいでベッドを去ろうとするイルミを引き止め、後戯なるものにやんわり誘うも それをばっさり切り捨てられそうになる。
当然の如く1人だけ風呂場へ姿を消すイルミに取り残され、開き直り覚悟で 途中から浴室に押し入った。シャワーだけでいいと言うイルミを必死に説得し、急ぎ湯を張りせっかく今の格好まで漕ぎ着けたというわけだ。
ちらりと薄目を開けてみる。
女子同然にまとめられた長い洗い髪の後れ毛が 首元に張り付く様が目に止まる。見慣れない光景が無性に嬉しくなり、ピタリとイルミに自身の身体を沿わせ直した。