第1章 なんか目が笑ってないけど
お店を内緒で抜けて入ったのは
サラリーマンばかりが集う
色気もクソもない飲み屋さん。
ガヤガヤと、周りの音で
自分の声が消えないように
お酒片手に前のめりになってしまう。
「で、手編みのマフラー渡した後は
目が合うと照れた顔して視線逸らすんです、
なんかもう中学生男子か、
て突っ込みたくなるくらい!
加茂長さん、今忙しそうで
電話してもずっと話中だから
あれから1回も話せてなくて
だから見つめてるだけなんですけど…
それだけでもう胸が痛くって、」
私と櫻井さんが飲むのは
さっきのこジャレタワインとは違い
升でいただく日本酒。
話のネタは
私が密かに(いやだいぶオープンに)
想いを寄せる加茂長さんの話題で。
(一方的に話している事実)
「…どうしたら、いいんでしょう私」
はあ、と恋のため息を漏らす私に
シャツの袖を捲った櫻井さんが
クイッと日本酒を喉に流すと
真っ直ぐな視線を向ける。
「教えてあげようか」
にっこりと笑う目は
酔っているせいか、柔らかくて。
「はい!お願いします!」
とテーブルに額をつけ深々とお辞儀をする。
目を瞑りすう、と息を吸った彼が
「目を逸らされるのは照れてるからじゃないって気づこうね。手編みマフラー贈っていいのは二次元の住人だけだから調子に乗るなよ。“見つめるだけで胸が痛い”か、さぞかし相手は頭が痛いだろうなあ。あ、いつ電話しても話し中ってそれ着拒だからね?押してもダメなら引いてみろ、相手も大喜びで少しは心開くんじゃね?」