第6章 距離
「おはよう、姫」
「おはようございます、朱莉ちゃん」
朱莉ちゃんと、挨拶を交わしてから。
後ろの席でも同じように挨拶をかわす、声。
来た。
目を閉じて、深呼吸。
大丈夫。
絶対、大丈夫。
「姫?」
深呼吸を数回、繰り返し、目をあける。
そのまま勢いよく後ろを振り向き。
「お…っ、はよぅ、ございます、霧生くん」
わぁ、緊張しすぎて声が、震えます。
どーしよう。
どーしよう。
「……姫?」
な、なんでこんなに静かなの?
さっきまで確か、朝の挨拶でざわざわしてたのに。
そろー、と。
目を開ければ。
ふ、って。
にこりと微笑む霧生くんが、見えて。
「うん、おはよう。はは……っ、決闘でも申し込まれるかと思った」
「ぇ、え」
「おはよう、姫月。」
「あ、は、ぃ。おはようございます」
あ、あれれ?
笑って、るから、いいのでしょうか。
クラスのみんなも、穏やかに笑っていますし。
「姫、どーしたの」
「どーもいたしません。クラスメートにご挨拶するのは、当然でしょう?」
「そりゃ、そーだけど」
「はい」
「………なんか姫、嬉しそうだね」
「はい」
ご挨拶、出来ました。
今日のミッション、クリアです。
話してみたら霧生くん、全然悪い人なんかではなくて。
お花も動物も大好きなかわいい一面のある方なんです。
「犬、飼っていらっしゃるのですね。羨ましいです」
「そうそう、帰ると嬉しくて『ウレション』、すんだよ。ウチの犬」
「うれ、しょん?」
「お嬢様には下品だったよな、ごめん」
「?」
「嬉しくて、おしっこ漏らすんだよ」
「………っ」
あたしってば。
せっかく霧生くんが気を使って下さったのに。
気が利かない。
「………そんなことで真っ赤になるの?かわいい」
「ぇ」
両手を頬っぺたへと触れて、熱を冷ましていれば。
目の前にあった霧生くんの顔が消えて。
一瞬、影が、出来て。
「………っ」
薔さまにしか触れられたことのない、額に。
柔らかい唇の感触。
すぐに額にキス、されたのだとわかりました。