第5章 代償
「華?」
「ぇ?」
「疲れた?さっきからボーッとしてる」
いつものように車の助手席に華を乗せて帰宅途中。
何を話しても上の空なんて、初めてだ。
「………薔さま」
「うん?」
「霧生、くん」
「ぇ?」
「昔初等部でご一緒だった彼が、転校してきたのです」
「………」
霧生?
なんで、華があいつの話題を?
「薔さま?」
「ああ、うん。知ってるよ。どーかしたの?」
「今日、初めて彼とお話したんです」
「ぇ」
「いつも話しかけていただいたのに、あたし、怖くて。逃げてばかりで。でも今日、勇気を出してお返事したんです」
「……うん」
「そしたら彼、ありがとう、って」
「………」
「ただ、答えただけだったのに。ありがとう、って、仰ったんです」
「……うん」
「あたし、今まで彼に悪いことをしてしまったのでしょうか。薔さま、華は人としていけないことをしてしまったのでしょうか」
「…………」
運転中じゃなければ。
そのかわいらしい唇をすぐにでも奪って他のヤツの名前など呼べないようにできるのに。
「薔、さま?」
「あ、ああうん」
「?」
キョトン、と、小首を傾ける華の姿が横目にうつるけど。
すぐに返事が出来なかった。
今まで。
華が僕以外の男の名前なんて話題にしたことあったっけ。
気にかけたことなんて、あったっけ。
「……運転中に、ごめんなさい」
僕の気のない返事が、華にどう伝わったのか。
華は急にハッとした表情で、そう、申し訳なさそうに頭を下げた。
「大丈夫だよ」
頭をいつものように撫でてやれば。
華は安心したように笑って、体ごとシートへと沈める。
「眠い?いいよ、寝てて」
「……はい、薔さま」
そのまま瞼がくっつくと。
隣からはすぐに心地よい寝息が聞こえてきた。
「………」
華の世界に、他の男なんていらない。
華が気にかける男は、1人だけでいい。
華の心にほんの一瞬でも違う男が住み着くなんて。
絶対に許さない。