第5章 代償
「………」
あれ、は。
「姫?」
移動教室。
音楽の教科書を腕の中に閉じ込めて、廊下を歩く。
この角を曲がれば音楽室です。
だけど。
窓の外に見えた人物に、足を止めた。
「ああ、霧生?」
「もうすぐ始まるのに、何してるのでしょう。教えて差し上げた方が」
「サボりだよ、ほっときなって」
「……ぇえ」
だけど何故か目が離せなくて。
預けっぱなしになっていた視線。
「ぇ」
お、花?
踏まれてしおれたお花を、移し変えてくれているんだわ。
なんで?
「姫ー?」
もしかしたら霧生くん、そんなに怖い人ではないのかしら。
お花を助けてあげていたもの。
ずっと避けてしまって、悪かったかしら。
「すみません、すぐに参ります」
霧生くんが転校してから約1ヶ月。
なんとなく、親しみが持てたような気がします。
「姫月」
ビクンっ
でもやっぱり、なかなか習慣を変えるのは難しくて。
ついビクついてしまいます。
でも。
いつまでもこれじゃ、絶対に失礼ですわ。
「な、なんでしょうか」
「あたしを盾にしないでよ」
朱莉ちゃんの背中に隠れて、小さくそう、問えば。
だってまだ怖いのですっ。
朱莉ちゃん、霧生くん、ごめんなさいっ。
「……は、っ」
驚いたように、彼は嬉しそうに笑ったのです。
「ぇ」
「初めて、こっち向いてくれたな」
「え……」
「いいよ、誰かの後ろからでも。向き合ってくれてサンキュな」
「ぇ」
力なく笑うと、そのまま霧生くんは教室を出ていきました。
「何あれ。用があったんじゃないのかね、あついは」
「………」
『初めて、こっち向いてくれたな』
なんだろう。
胸が、モヤモヤします。