第57章 Enamour!〈綾織 星羅〉
『でも、高校生の入学式の日に有人君が話しかけてくれなかったら、私今でも臆病なままだったと思うんだ。だから、ありがとう有人君』
「褒めても何も出ないぞ」
『ふふっ…良いの。それじゃあ上がろっか』
「ああ」
ーー9ヶ月後
「気を付けてな」
『うん、ちゃんと応援に行くからね』
「体調が悪ければ無理は絶対にするな。いくら出産予定日がまだあるとは言え、まだ安心は出来ないぞ」
『うん。気を付ける』
「何かあったら絶対に連絡してくれ。良いな?」
『分かった。気を付けて行ってらっしゃい』
今日は有人君のチームが試合だと言う事で観戦に来た。無事、大学も卒業し、今は専業主婦という形で有人君のサポートをさせてもらっている。と言っても、こんな大きなお腹じゃ仕事なんてとてもじゃないけど出来ないし、家事でも結構手一杯だ。
「星羅」
『ん?』
いつもの行ってきますのキスをして出かけて行った。その間に私は出かける準備を始める。マタニティドレスを着て、髪型も整える。
『あ、お腹蹴った』
元気な子に生まれてきてくれると良いなぁ。早く大きくなってね。
『よし、これでオッケー!』
そのまま家を出ようとした時だった。いきなりお腹に凄い痛みを感じた。
『うぅ…』
確かに二週間程前に前駆陣痛はあった。それでもまだまだ予定日よりは早い。
『はぁっ…』
治った…けど、どうしよう。今日は観戦は遠慮しておいた方が良いのかもしれない。
〈有人君。陣痛、始まったかもしれない…〉
一応ラインだけ送っておいた。見てくれるかどうかは分からないけど…。
『またっ…』
でも、またすぐに治まる。それから長くなっていくらしいから、とりあえずソファに座っていよう。テレビを付けて、時間を確認する。どうしよう、段々感覚も短くなってくるし、痛みを感じる時間も長くなってくる。確かに、十分間隔になったら連絡をって言ってた。一時間に6回、だっけ。
『有人君…』
そうだ、私のラインで不安にさせちゃったかもしれない。それで精一杯のプレーが出来ないのは嫌だ。
〈勝利、持って帰ってきてね〉
これで良い。大丈夫。もう結構前から覚悟は決めてたし、心の準備も整ってる。
『もう…十分間隔…電話…しないと…』
電話すると、病院に来て下さいという指示があったので、必要な持ち物を持って病院へ向かった。
『鬼道 星羅です』