第55章 Suggest!〈朝日奈 乃愛〉
「意外だな」
『そう?お魚さん好きだよ』
今度は日頃の御礼の意味も込めて、私がチケットを買った。
「悪いな」
『ううん。いつも払って貰っちゃってるから。これくらいは払わせてよ』
そのまま水族館の中に入って魚を見ることにした。
『全然人居ないね』
「まぁ平日の夜だからな。しかも月曜からデートする奴何てそうそう居ないだろうな」
『うっ…』
痛い所を突かれた。確かにそうだけど…。
「でも、嫌じゃないな」
ちょっと凹んでいた私に、そんな風に声をかけてくれる。私が唯一甘えられるのは、君だけだから。
『…うん』
少し嬉しくなって、マフラーに顔を埋めた。やっぱり、好きだなぁって思ってしまうのは、きっと君だから。
『ねぇ見て!マンボウだよ!』
「お前にそっくりだな」
『えっ…』
「冗談だ」
『これはちょっと問題発言じゃないですか〜?』
「…」
あ、黙った。ひっどいなぁ。マンボウって…。そんなに私ゆったりしてる?
『こうやって魚見てるとさ、心落ち着くんだよね』
「…?」
『でも、少し窮屈な気持ちになったりする』
魚はこの水槽に閉じ込められている。言わば、魚からしてみればこの水槽が「海」なのだ。
『私が、この魚達みたいな環境だったらどうなんだろうってさ』
「何も知らないまま、という事か?」
『そう。きっとこの世界が全てだって思っちゃうんだよ。でも、それ以前に「世界」を知っていればきっと抜け出したくなるんだ』
お父さんとお母さんがまだ狂っていた頃、私はおばあちゃんから本当の世界を見せて貰った。だからこそ両親からの束縛も抜け出したかった。
『この水槽の中の魚達は、水槽を無くしたらどうなっちゃうんだろうね』
「どこにも行かないだろうな」
私もそうだと思う。世界を知らない者達は支配を望む。だから自ら進んで逃げる事なんてしない。でも、私は違かった。逃げたかった。ずっと、束縛や世間の目から。
『ねぇ、修也。私が今の性格じゃ無くても、見つけてくれてたと思う?』
「どうだろうな」
『昔の私、今の私みたいに楽しめる人じゃなかった。ずっと怖い事から逃げたかった。立ち向かうのが怖かった。でも、立ち向かう勇気を教えてくれたのは、間違いなく修也なんだよ』
「そうだったか?」
『今だから言うよ。本当にありがとう。私を変えてくれてありがとう。修也』
君にずっと言いたかった言葉。