第40章 FFHI Ⅴ〈綾織 星羅〉
『すっかり男の子だなぁ…』
「何か言ったか?」
『え?ううん!何も!あ、ボックスは此処に置いてくれれば大丈夫』
「そうか。また何かあったら言ってくれ」
『ありがとう』
有人君と一緒に居られるのはあと少し。自分から抱いてと懇願したあの夜。断られてしまった。何処かおかしいんじゃないかって凄く心配された挙句、早々に寝かされた。私は…そう言う意味で言った訳じゃないのに。
「星羅ちゃん。大丈夫?」
『ふえっ…!あ、椿姫ちゃん。うん、大丈夫。ちょっと考え事』
「そっか。情報打ち込みたいから、データ取りお願い」
『うん。任せて』
マネージャーも決して楽ではない。選手が今日は何本シュート打ったかとか、何回止めたとか、瞬きすら憚られる程に見ていなくてはならない。
『オフェンス一回…』
「良し、休憩だ」
休憩になると、選手も休むからデータ集計の時間になる。
「星羅」
『ひゃっ…びっくりした…』
「飲んだ方が良い。冬場は幾ら東京といえども冷え込むぞ」
『あ、ありがとう』
あったかい飲み物が渡された。基本は外で練習しているから、マネージャーはジャージにウィンドブレーカーを着た状態。まぁ、普通に寒い。
「無理、してないか」
『…全然大丈夫だよ!有人君の方が大変なんだし、私の事なんか気にしなくても…』
「気にするに決まっているだろう。未来の妻なんだ」
「妻」というワードに大きく反応した。違うよ。私はもう、君の「妻」じゃない。なれないんだ。でも、お父さんが有人君に伝えない事には何か理由があるんだろう。私の口からは何も言えないよ。
『そうだよね』
これからどう答えたら良いか分からなくなったから、席を立つ事にした。
『ちょっとお手洗い行ってくるね』
「ああ」
気付かれてないみたい。そうだよ、いつもの自分でいなきゃ。いつもの、いつもの…。あれ…いつもの私って、何だったっけ…。
『もう…分かんないよ…』
お父さんもお母さんも、周りの人を失って、やっと心と心を通わせる事が出来る人に巡り会えたのに…また失うの…?どうして…欲しいものは全部手からこぼれ落ちてゆくの…。涙まで出てくるなんて。
「星羅ちゃん、もう練習はじm…」
『!』
「何かあったの⁉︎誰かに意地悪されたとか?もしかして明王君⁉︎」
『違うの。これは…私の問題だから…』
「そっか…。私で良ければ、話聞くよ」