第17章 Bleed! 〈朝日奈 乃愛〉
お昼になって軽く昼食を作った。すると、鍵が開く音がして、足音も同時に聞こえる。
「居たのか」
『あ、すみません。台所お借りしています』
入ってきたのは豪炎寺のお父さんだった。
「いや、それは構わない。済まないが、俺の分も作る事は出来るか」
『はい、大丈夫ですけど、病院に持っていけるように何かに詰めた方が良いですか?』
「ああ、頼む」
先ずは、自分の方の料理の手を止めて、豪炎寺のお父さんのお弁当を作る事にした。
「あまり急がなくて良い。今日は時間に余裕がある」
『そうなんですね。なら食べて行かれないんですか?』
「いや、昼は食べたんだが、夜の分を忘れてな」
『分かりました』
「実は戻って来たのは、話があったんだ」
『私に、ですか?』
「ああ。手は止めなくて良いから聞いてくれ」
時間のないお昼の時間に戻って来て聞いて欲しい事って、何だろう。
「君も分かっていると思うが、この家族には母はもう居ないんだ。俺は、妻が亡くなってから、仕事に打ち込むようになってな。終いには夕香の事故とまで来た。それで、サッカーを憎むようになった」
分からない訳じゃない。そんな残酷な事があったら何かを嫌いになっても、誰も何も言わないと思う。それに、私だってきっとそうなってしまう自信がある。
「修也が世界代表に選ばれた時、俺は修也をドイツに医学を学ばせる為に留学させようとした。だが、彼奴のサッカーを見て思った。お前がいるべき場所は病院の診察室じゃないとな」
あんな情熱的なサッカーする人、私は豪炎寺しか見た事ない。お父さんだって心が動かされるのにも納得する。
「サッカーは命を救えない。そう思っていた。医者なら命を救える。そう思って修也には医者への道を押し付け続けてきた」
『私は、お父さんの言う事も間違ってはいないと思います。結局、どっちかなんです。間接的に救うか、直接的に救うか』
「だろうな。俺は直接的に救う事が全てだと思っていた」
『でも、今は違うと思ってますよね』
この豪炎寺家は中学の時に大きく成長したんだと思う。だから、温かい雰囲気を感じる。
『私、人を救う仕事がしたいんです。歌う事も好きだけど、でも、それを職業にしたいとは思っていません。だから私、貴方の後を継いで医者になります』
「君は、それで良いのか」
『はい。豪炎寺君が間接的に救うなら、私は直接人を救いたい』