第6章 恋の歯車、回り始めました〈カラ松〉
あの日、一松を部屋で思いっきりぶん殴ったあと、感情任せに外へと飛び出した。7月も残すところ僅かになったその日は茹だるように暑く、ミンミーンと鳴くセミの声がやけに耳についていた。
そうして走って向かったアカツカ公園で花子は一人、ブランコに乗っていた。サラサラの長い黒髪をなびかせ、スカートから伸びるほんのり日焼けした細い足に、シャンとした背中。そのどれもを決して忘れないようにとしっかり目に焼き付けた。
自分の背中に大量の汗が纏うのは、夏のせいだけじゃない。これが最後。そう思うと告(い)わなきゃいけない気がして、変な緊張をしてしまうのだ。
「・・・花子、」
『い・・、カラ松くん。』
嬉しそうに振り向いたはずのその顔が一瞬歪み、またすぐに作り笑顔へと変化した。その理由は明々白々だった。
一松が来たと勘違いしたのだ。
でも優しい花子は、オレに気を遣ってガッカリした気持ちを隠した。
手に取るように花子の気持ちが分かるのは、毎日毎日想いを馳せながら彼女をよく見ていたからだ。
「・・・ごめん。」
『なんでカラ松くんが謝るの?』
“一松をここに連れて来れなくてごめん”なのか“ここにいるのがオレでごめん”なのか、実際のところ何に対してのごめんなのか、自分でも解っていなかった。
ただ、謝らなくちゃいけないようなそんな気がした。
「いや、その・・・、」
『隣、座わりなよ?』
モゴモゴと上手く言葉にできないオレに、花子が空いている隣のブランコを勧めるから躊躇うことなくそこに腰掛けた。ブランコに乗るのなんてかなり久しぶりだった。
『よーし、どっちが高く漕げるか勝負ね。負けた方が勝った方の言うことを聞くの。スタートっ!』
「あ、ズルいぞ!」
先に漕ぎ始める準備をして地面を思い切り蹴飛ばした花子のブランコは、あっという間に高くなった。負けじと地面を思い切り蹴飛ばし、ちらっと花子の横顔を盗み見る。
花のように元気に笑うその顔は、オレが大好きないつもの花子だった。つられてこちらも顔が緩んでしまったことに気が付いたのは、かなりブランコを漕ぎ進めて、花子よりも高くなった頃だった。