第2章 花の蜜に吸い寄せられるのは、蝶だけではない
彼、二宮翔琉、は。
俗に言う、ヴァンパイア、ってやつだ。
人間の生き血を吸いとり生きる、吸血鬼。
あたしたち人間の中で、その存在をひた隠し、生きている。
彼らの血液は人間のそれよりも何倍も濃く、浸透圧の違うそれを一口口に含めば。
傷を癒し、体力を一瞬にして回復させる。
もちろん、濃度を一気に濃くするだけの応急措置。
所詮は体中を流れていくうちに、騙されたと気付いた血液は元の状態に戻ってしまうのだ。
だから。
エネルギー源となる食事をとるなり。
癒された傷口が元に戻る前に、身体を回復させなければならない。
それも、全ての人間に適応するわけでもなく。
ヴァンパイアの血液に適応する場合のみ、に、限定される。
「凛ちゃーん、ごはん出来たよーっ」
あたしの体には。
ヴァンパイアの。
翔琉の血液が全身の半分以上を占めているから。
あたしの体は。
翔琉の血液によく、適合してしまうのだ。
「……もう出た」
「うん、早く来てね」
きゅ、と。
シャワーを止めれば。
湯気の立つ浴室の鏡の中、傷ひとつない、あたしの裸体が映し出される。
鏡の中へと手を伸ばし、その肩へと、触れた。
あたしは今。
翔琉によって、『生かされている』。
「いただきます」
手を合わせ、目の前のサラダへと、箸を伸ばす。
ついでハムエッグを口の中へと放り込めば。
「食べないの?」
「別にこんなんじゃ、食欲満たされないし」
「そうなの?」
「うん。お腹すくから食べるわけじゃ、ないしね」
頬杖付きながらにっこりと微笑む翔琉と、目が合った。
「凛ちゃんが嫌なら、食べるけど」
「……ずっと見てられるのは、嫌」
「了解」
す、と。
目を細めて、箸を持ち直す翔琉を一度視界に収めると、あたしも食事を再開、した。