第2章 花の蜜に吸い寄せられるのは、蝶だけではない
「………甘ったるい匂い」
凛を友人へと引き渡し、その後ろ姿を目で追っていれば。
不意に聞こえたのはそんなドスのきいた低い声。
「咲良(さくら)」
いつの間にか後ろに立っていた、古くからの友人、と呼べるかも疑問な男。
同じ血をもつ、仲間だ。
「ありゃ食べて下さいと言わんばかりの匂いだな。うまそうだ」
「心配ない。凛には俺の血が流れてる。わざわざ俺のものに手を出す物好きもいないだろう?」
「ある意味拷問だな、お気の毒」
「何しに来た?」
「お前の体調を伺いにな。顔色悪いぞ、血、足りてないんだろ?」
「このくらいなんともない」
「適当に貰えば。いいの紹介してやろーか?なかなかの上等な血だぜ?」
「凛以外にはいらない」
「………エサだろう?人間なんて。自分の身を削ってまで情をかけすぎだ」
「凛はエサなんかじゃない、それ以上口を開くならこの場でお前の肉ごと引きちぎる」
「こーわっ」
「用がないなら失せろ」
「はいはい、『ルキウスの血』に逆らうようなことはしませんよ」
「………」
「翔琉」
横を通り過ぎ、俺に背を向けたまま。
咲は言葉を続ける。
「いつまであの子に血を入れとくつもりだ?お前の血は濃すぎる。このままじゃあの子まで仲間になっちまうぜ?」
「わかってる」
「そろそろ少しづつでも、返してもらいな」
「……」
「次に吸血衝動にかられたら、終わりだぞ」
「………」
わかってる。
そんなこと、言われなくても。
だけどこのままじゃ凛は。
凛の細胞はまだ、修復されていない。
もう少し。
もう少しだけ。
_____凛。