第2章 花の蜜に吸い寄せられるのは、蝶だけではない
「そーですか?」
「医務室行った方が早いんじゃ…-」
「でもこれ、終わんない…」
「……甘い匂い、するね?」
「?」
急に変わった、声色に。
舐めていた手はそのままに、彼へと向けた視線。
今。
何て言った?
「美味しい?」
「え」
『何』、が?
ほんの数秒、たぶん時間にしたらそんなもん。
彼を見据えること、ほんの数秒。
沈黙を破ったのは、やっぱりと言っていいほどお決まりの人物だ。
「………何してんの?」
ガラリとあいたドアから、「凛ちゃん」なんて嬉しそうな声が近付いてきたと思った矢先。
あたしの右手と見ず知らずの彼を見て、一気に顔色がかわったのは。
言わずもがな、翔琉さんだ。
「何?あたしのストーカーもしてんの?」
あたし発信器でも埋め込まれてんのかな。
「ラウンジで未琴さんに会って、凛ちゃんが知らない男と資料室行ったって聞いて」
未琴か。
要らぬことをあいつは。
「凛ちゃん、血、血、それ、何?」
「翔琉」
翔琉の瞳が紅く染まったのを瞳が捉えて。
咄嗟に名前を呼ぶ。
一度伏せた瞳を開くとそれはすぐに栗色へと戻り、翔琉はそのまま、後ろに立つ先輩を睨み付けた。
「……あとは、頼んでもいいかな。なんか誤解されてるみたいだから、先に行くね」
「………」
ガラリと、再度開かれた扉から光が入り込み、また闇へと変わると。
翔琉の瞳はすでに紅く変わっていた。
「見せて、手」
「大丈夫だよ」
「見せて」
「………」
おずおずと右手を差し出せば。
躊躇なく彼はそのまま傷口へと唇を寄せ、傷口を舐め取っていく。
「翔琉……っ?」
「動かないで?今、終わる」