第3章 4月、木曜放課後、家庭訪問。
プリントと格闘し、気づけば午後6時をすぎたところ。
ひと段落したし続きは明日の朝でなんとかなるか。
俺は教員用ロッカーに向かうと、スーツを着る。
流石に今の服はラフすぎる、と今朝の出がけに車に突っ込んできたやつだ。
今日は準備したけれど、俺は基本ジャージ出勤だから念のためにジャケットとスラックス、ワイシャツとネクタイは常備している。
そろそろロッカーに突っ込んどかねえとな。
結びたくねえネクタイを結びロッカーを出ると、丁度通りかかる校長。
「あれ?山岡先生。式典以外きっちりした格好あんまりしないから珍しい。」
「ああ、生徒の家庭訪問です。うちのクラスの…」
「橘立夏さん、かな?」
生徒の家庭訪問に行くとは伝えていたけれど生徒の名前は言っていなかったはずだ。
もしかして…
俺の表情を見た校長はにこり、柔和な顔をする。
「椎名さんも山岡先生が根気よく付き合ってくれたから入学当初に比べたらすごく丸くなったしね。
だから橘さんもちゃんと卒業させてくれるかなって思って。」
よろしくね?と、笑顔の圧がかかる。
橘の家の事情をわかって俺に押し付けてきたのか。
また、面倒臭ぇの預けやがって…
「はいはい、こちらもなんとか対応しますが厳しくなれば校長に丸投げしますよ。いいですね?」
「校長は学校の全責任ですから。」
「信じますよ?」
笑顔が嘘か誠かは分からない。
それでも椎名の時の前例があるから、信頼できるだろうとは思っている。
「あら山岡先生、橘さんの家庭訪問…」
そうだ、と時計を見れば6時半を過ぎたところ。
そろそろ出ないと間に合わない。
「すいません、今日はお先に失礼します。」
「うん、いってらっしゃい。」
校長に一礼し背中を向け玄関に歩き出す。
期待してるよ
そう、聞こえた気がして後ろを振り返ったけれど、いつのまにか校長は居なくなっていた。