第5章 いつかその花を手に入れる*黛千尋
橘先生は今年から赴任してきた養護教諭。
若いし容姿端麗。
それに親しみやすい性格で、瞬く間に人気教師の仲間入りをしたのだ。
かく言う俺も先生のファンの一人で、昼休みは必ずと言っていいほど顔を出し昼食も保健室で摂っている。
そんな俺に先生は嫌な顔一つせず、いつも話し相手になってくれる。
「あっ、黛君、さっきの授業寝てたでしょう?」
「そうだけど、何で分かるんだ?」
先生がわざわざ教室を覗きに来るなんて有り得ないし。
そもそも保健室の先生なんだから、保健室の外に出るなんて滅多にないことだろうけど。
俺が特に否定もせず聞き返すと、先生は自分の右の頬の真ん中辺りを指差しトントンと二回程叩いた。
「ここに、跡、ついてるよ。」
言われた通りに右の頬っぺたをスルリとなぞると、確かに二本ほどへこんでいる部分があった。
なんだか情けない部分を見られたみたいで少し恥ずかしくなり顔に熱が集まる。
すると先生は、あんまり寝ちゃダメだよ、と少し笑いながら俺に注意した。
成る程。
好きな人に言われることは、例え注意だとしても悪い響きではない。
授業担当の禿げ上がった中年教師に言われるのと、橘先生に言われるのでは天と地ほどの差がある。
「先生が言うなら寝ないように努力する。」
捻くれた俺でも素直に納得させてしまう先生の言葉。
ここまで来ればもはや全ての授業を先生に担当してもらいたいくらいだ。