第6章 845の化け物
「お見送りは行った方がいいんじゃないか。まぁ、あれだ。調査兵団だから後悔しないようにさ」
マスロヴァのいう事も良く分かる。
幼馴染のカルロが調査兵団に入団した日から、出発の日だけは門で働かせてくれとお願いしているのだ。新兵だったころの上官も、副官となって働いたピクシスもエリナの働きぶりを見てそこは考慮してくれた。キッツも最初はそうしていてくれたが、今はエリナのすべてを邪魔したいのだろう、今回は外されてしまったのだ。
「キッツ隊長にまたどやされるので・・」
「行かなかったらどやされない保証は?」
ニヤリと笑うマスロヴァにつられてエリナの口角も上がるのが分かった。
「ありませんね」
「何事も優先順位を大切にな。そうと決まれば・・」
一度腹をくくったエリナは行動が早かった。今なら調査兵団本部から出発した本隊に間に合うはずだ。ウォールマリアまではいけなくとも道中で激励くらいはできるはず。
「マスロヴァ技巧長、ありがとうございます!ちょっと挨拶してからキッツ隊長のもとに戻りますね!」
「うん、行っておいで。僕からエリナに頼み事をしたから遅れると伝えておく」
温かい手をエリナの頭に載せるマスロヴァは、いつだってエリナの味方だ。拳同士を突き合わせた後、技巧部の部屋を勢いよく飛び出した。
「技巧長、いいんですかあんな勝手」
サギドはマスロヴァにも冷めた目を向けた。
というのもサギドにとって最近のエリナの態度は目に余る。駐屯兵団の職務もこなしてはいるが、空いている時間をみつけては調査兵団に行っているのは普通に考えて駐屯兵団として面白くはないだろう。調査兵団なんて好き好んで壁外にでては民の血税を巨人の胃袋に納めてくる連中。壁を守る駐屯兵団こそが最も優遇されるべき存在だという信念がサギドにはあった。しかし、エリナの熱量は“いかに調査兵団を死なせないか”に注がれているのだ。
「彼女みたいなのは、息抜きも必要さ」
改めてハンジの図案に目を向けたマスロヴァは、サギドの抗議にこれ以上耳を傾けなかった。
「調子に乗りやがって」
サギドは言葉をそのまま壁に吸い込ませた。