第6章 845の化け物
この時期の壁外調査に向かう道中には、市民が集まる。
新兵が初陣を飾るからだ。
人として勇気ある兵団選択をした者たちを応援したいからか、それとも死に急ぐ兵士の顔を拝みたいのか。沢山の沿道の声援も次第に数が減っていくのも毎回の事だ。
冬に近づくにつれ兵士の身内か、壁外調査に抗議する団体か、はたまた今回は何人生きて帰るか賭ける連中かしか集まらない。
新たに自分の隊に配属された新兵を振り返ってみると、手綱を握る手が震えている。無理もない、自分もそうだったから。今だって毎回壁外調査の時は怖くてたまらない。
しかし、カルロの希望はすぐ目の前にいた。
風が吹いても崩れないようセットされた金髪に涼し気な青い瞳、エルヴィン・スミスのもとにいれば生存率は上がる気がしたし、現に彼の部隊は死者をだしていない。
すぐ横にはかつて兵団一の腕前と謳われていたミケ・ザカリアスがいる。この編隊で死ぬ方がどうかしていると思うほどだ。
敬愛する上官2人を見て息を整える。そして出発前に幼馴染エリナの姿を見て胸元のペンダントに触れ、生きて帰ってくる事を誓う・・ここまでがカルロの願掛けであった。
しかし、今回ばかりはいつもと違うようだ。エリナより見送りはいけないと事前に知らされていた。
—ルロ!!!カルロ!!
エリナの声で自分の名を呼んでいる気がするが、これはマズイ傾向だ。ひょっとして今回は生きて帰れないのかもしれない。
きっと幻聴だと言い聞かせて呟いた。
「無事に帰れますように」
喧噪にかき消されているはずの声も、ミケの前では意味はない。
“フンッ”と鼻で笑われ、カルロは気まずさから目線を沿道へ向けた。
そこには小さな背を伸ばし、人をかき分けて前に進む見慣れた姿。
「エリナ!!」
「呼んでも振り向いてくれないんだもん、焦った!」
騎乗しているカルロと並行して歩く幼馴染の姿に、カルロは安堵してペンダントに触れた。
「これで生きて帰れる」
「なんか言った?」
「なんでもない。ってか、お前キッツ隊長から仕事を押し付けられているって言っていただろうが」
緩んだ顔を引き締め、エリナに問いかける。
「あ、いいのいいの。どうせ怒られるから。ごめんねギリギリまでお見送りできなくて」
「気にするな。また生きて帰るよ」