第6章 845の化け物
カルロもまたエリナの頭を優しくなでる。
馬上から背の高いカルロがエリナに触れるのは体勢が崩れるのだが、お構いなしだ。それがエリナには嬉しかった。
カルロの横にいるミケに敬礼をすると、鼻で笑って返したが、これがミケ流の挨拶だろうと受け止めることにしている。
「エリナじゃないか」
前方からの声は、エルヴィンであった。
「エルヴィン分隊長!」
その存在に気付かなかったわけではない、ひと際目立つから。沿道にいる女性の視線を独り占めしているといっても過言ではない。
ただいまその女性たちの視線は、その身を翻してまで声をかける一人の駐屯兵士に向けられていた。
「今日は門の所でデータはとらないのか?」
「本日は事務方です。ただ、時間をいただいたのでお見送りだけでも」
「そうか」
前の隊に遅れている事を気にしているのは人より馬の方らしい。その鼻をブルンッと鳴らしてエルヴィンに進むよう促す。
「来年の壁外調査の時にはバージョンアップした固定砲が完成しているといいんですけど!」
どう考えてもエルヴィン隊長の足を止めてまでする話ではなかった。
「それまで生きていたらいいがな」
希望的観測で“来年”という言葉を述べたまでだったが、思いもよらない返しだった。
「分隊長は大丈夫でしょう?生きて帰ってきます。どうか、ご武運を」
重い空気を吹きとばすように、努めて声のトーンを上げて答える。壁の中にいる自分は“次”を考えるのだが、生死の危機と隣り合わせの調査兵団には無い感覚らしい。2つの兵団の距離が近づいたと思っていたが、どうやら違ったらしい。縮まることはこの先絶対ないのではないだろうか。
「ああ、ありがとう。留守の間は市民を頼んだよ」
エルヴィンはエリナに敬礼をし、先を促す馬を撫でて列へ戻っていく。
エルヴィンの言葉と敬礼は、前線に立てないエリナに働く意味を与えた。調査兵団の帰還はいつになるだろうか。
死傷者が沢山でれば今日、順調にいき拠点を作れば明日や明後日になるかもしれない。壁外にむかって進んでいく、今は人数が多い調査兵団の列をエリナは眺めていた。