第4章 地下のゴロツキ
固まるエリナはそっちのけで、マスロヴァはいかにハンジの発想は素晴らしいか、時間を作ってくれていることに感謝している事などを情熱的に語っていた。一通りの謝辞に頷いた後、エルヴィンはエリナの方を振り向き、そろそろ出かける旨を伝えた。
「今からでも遅くないから、調査兵団の演習場に行くといい。小柄な男が練習している。きっと君の勉強になるだろう。そして・・」
立ち去るエルヴィンの背中を見送っていると、ふと腰のあたりを何かが刺激している。マスロヴァの肘だ。
「エリナ・・。やるじゃないか、あんないい男を捕まえて・・」
ほくそ笑むマスロヴァの腕を力の限り叩く。
「違う!違いますよ!偶然です!」
「偶然、一緒に寝てたの?あんなに近くで?」
そう、一緒に寝転がっていた・・あんなに近づいて。
「はい・・。でも、何でもないんです。それに、エルヴィン分隊長ほどの男性には美女がわんさかといますよ。だから何てことない事なんです」
「それはそうだろうね」
自分で言っておきながらチクリと針で刺される感覚がした。
「変な事言いふらさないでくださいね?また、同僚達からの質問攻めにあっちゃう。ねー、セイレーン?」
声のトーンを上げながら、マスロヴァの白馬を撫でる。気難しいこの馬はマスロヴァしか乗せなければ、他人に触れられるのも嫌がる。エリナの手から逃れようと身をよじっている。
「エルヴィン分隊長の無防備な姿は初めて見たな」
マスロヴァにとってはただの感想だが、エリナの小さな痛みを取り除くには十分だった。
「技巧長、今から調査兵団の演習場に向かいます」
「そうか、いってらっしゃい」
エルヴィン分隊長の言う通り、小柄な男の練習とやらが気になる。それに、行きたくないもう1つの理由というべきか不安は杞憂で終わったのだ。足取りは途端に軽くなる。
―――そして・・言い忘れたけど君への信頼は、揺らがないよ。だから気にせずこれからも演習場に姿をみせなさいーーー
心配事は消えても、それとは別の何かつっかかる物が心に住み着いた事には気付かぬふりをした。