第1章
「…え?」
何が起こったのかすぐには理解できず、絵麻は恐る恐る目を開けた。すると目の前にあったのは、まるで人形のように整った青年の顔だった。
「危ないところだったね…大丈夫?」
心配そうな、少し困ったような笑顔を真正面から見てしまって、絵麻は思わず頬を赤く染めた。
(なんてキレイな人なんだろう)
ぽーっと見とれてしまったが、しばらくすると絵麻は自分の体勢がとんでもないことになっているのに気がついた。絵麻は青年に抱きしめられていたのだ。
「あっ、ご、ごめんなさい」
慌てて青年の身体から離れた絵麻だったが、一歩後ずさったところは階段で、足場が無かった。
再び転びそうになり、驚いた青年にまたもや抱きしめられるような形で助けられたのだった。
再び青年の腕の中に戻り、ふわりと香る石鹸のような匂いに絵麻はしばしぼんやりとしてしまった。彼は自分よりも少しだけ背が高く、同級生の侑介と同じくらいではないだろうか。男性の割にはほっそりとした体躯をしているな、などと思った。
ぼんやりとしていた自分の事を、いつの間にか青年が見下ろしていることに気がついた。
「君が、もしかして絵麻ちゃんかな?」
「え、あ、はい」
唐突に名前を呼ばれて面食らった絵麻だったが、澄んだ清流のような声で呼ばれたのが、耳にとても心地よかった。自分を見つめる穏やかな瞳は、誰かに似ている気がした。
初めて会ったのに、何故か心が落ち着く。その声でもっと自分の名前を呼んで欲しいと思った。