第6章 過去の呼吸
今はその言葉私に向けて言ってきている
信じられなかったけど…けど、口の中に広がる味は確かに…鉄の味だった
「その子は蔵で見つかった…もしかしたら人を食らったことがないのかもしれないね」
「お館様…あまり近づかれては危険です」
「大丈夫だよ。この子は口に入った血を吐き出すほどの強い理性を持ってる」
そう言いながら若い剣士の隣に座ったのは、まだ六つほどの小さな背格好をした少年だった
私の体を剣士に抱き起こすよう頼んで、近くに置いてあった湯呑みを口元に持ってくる
「これは水なんだけど、口の中をゆすぐくらいはできるだろう。こっちの桶に吐き出すといい」
一瞬戸惑ったものの、湯飲みの中身は本当に水が入っていたので言われた通りに口をゆすぐ
お陰で血の味は大分マシになった
一連の作業が済むと、また布団に寝かせられる
「まずは君の…そう、名前をまだ聞いていなかったね」
「私の…名前…」
ここに来る前…蔵にいた頃からの記憶しか残っていない
今の自分が鬼だというなら、前の自分はちゃんと人だったのだろう
でも、人の名を覚えていなかった
動かせる範囲で首を横に振る
「じゃあ君が名を思い出せるまで、呼び名が必要だね。…名を取り戻すまでは、〝白雪〟…というのはどうだろう」
「…なんか…その、可愛すぎじゃ…ありませんか」
字は分かるみたいで、白雪と言われた時に頭に字面が浮かんできた
当の本人は真剣なようで、隣にいる若い剣士に疑問を投げかける
「そうかな… 縁壱、君もそう思うかい?」
「お館様の考えた名は素晴らしいかと」
「ありがとう…まぁあくまで仮の名だからね。早く記憶が戻るといいね…白雪」
そう言って微笑む男性の声は、不思議と心地がいい
でも…そうは言ってくれたけど、まだ肝心なことを聞いていなかった