第15章 A線上の恋煩い/ヒソカ/オケパロ/その他キャラ
ピアノが置いてあった事にもきちんと意味があったようだ。
「じゃあ何にしようかな」
イルミはグランドピアノに近づき 長方形の椅子に腰を下ろす。
そして、宙を仰ぎ選曲する素振りを見せていた。艶やかな黒い髪は椅子にまで届いてしまいそうだ。
数秒もかからぬまま、イルミの指先が的確に鍵盤を捉える。
指揮者もいない舞台上で スタートするのは豪快なピアノの旋律だった。
「………っ」
リネルは生まれた時から音楽に携わる育ちであった、故にピアノは幼少の頃から馴染みの深い楽器であったと言える。
イルミの選曲は高度な技巧を要求される短調の練習曲だとすぐに理解する事が出来た。
やれやれ、そんな様子と共にヒソカは肩を竦め バイオリンを顎元に当て直している。まるでヒソカを試すよう、イルミの作り出すテンポはそれなりに早いと見える。
止めどなく溢れる泉のような。
低音から高音へ、滑らかなアルペッジョが多岐に織り成される難解曲を 寸分の狂いもなく暗譜で弾いてみせるこのイルミという人物は一体何者なのだろうか。
動きのない涼しい横顔の隣から、バイオリンの神経質な音が混ざり合ってくる。
ピアノとバイオリン。
指10本では足りないレベルのテクニックを求められる曲を視聴していると、耳の奥が緊張してしまうし 目はまばたきを忘れてしまう。
ヒソカの指先と弓は ピアノに負けず執拗に細かい動きを見せている。ただ、一体どこを見つめて演奏しているのか、ヒソカの瞳はどろりと虚ろで 異様な色を宿している。熱が上がっているせいか、時折 微かに高音が乱れている。
曲の合間に組み込まれるくどいまでのシンコペーションが縦に溶け合い、空間を刻みつけてゆく。
息を忘れる迫力だった。