第15章 A線上の恋煩い/ヒソカ/オケパロ/その他キャラ
ここは有名なコンサートホールだ。
大きな門構えの横に掲げられる“ゾルディック”の名はあまりにも有名で、音楽の世界に携わる人間であれば知らぬ者は一人としていないだろう。
リネルの頭の中には つい先日の出来事が蘇っていた。
「ここ……オペラ歌手のキキョウ=ゾルディックと関係があるんですか?」
「どうかな。ボク、オペラには興味なくて」
「あ、私も詳しくはないんですが…父が彼女の大ファンでして先日凱旋コンサートへ連れて行ってくれたもので」
ヒソカの返事は鼻笑い程度に曖昧だった。
入ることを臆する迫力がある建物へ、ヒソカは堂々と脚を進めている。周りには警備員以外の人間はいない所を見ると、どうやら本日は休館日の様子。
中は中で迫力がある。入口を過ぎた先の天井が高すぎるせいか、人のいない空間は余計に閑散として見える。ビロードの絨毯も巨大なシャンデリアも 明らかに価値を持て余している。
ヒソカは何故こんな所に来たのだろう、不思議に思いながら横顔を盗み見てみれば 上機嫌に顔を緩めている。見上げる横顔は相変わらず端整で、とくんと微かに胸が鳴る。
「……勝手に入ってしまっていいんですか?」
「大丈夫さ。アポは取ってある」
幾重にも彫刻が乗るホールへの扉が、ヒソカの手により軽々と開かれた。
「……すごい……!」
ホール内の雰囲気に、ただただ圧倒されてしまった。
時が緩やかに流れ、空気が止まっている。完全なる「無」が創り出すのは、音を慈しむゆりかごだ。
そして、想像する。
この空っぽの空間で奏でられるバイオリンは、どれだけ伸びやかな音色を紡ぐのだろう。背筋がぞくりとする。
「私、ここのホールに入るのは初めてですが……すごい所ですね」
「だろう?」
「音が溶けて そのまま吸い込まれてしまいそう」
「イイ表現だ」
肩を揺らし、ヒソカは 真っ直ぐ舞台へ進む。舞台上に配置されているのは オーケストラの編成ではなく グランドピアノが一台だけだった。