第2章 sanctuary/イルミ/ヒソカ/シリアス乙女ゲ風
数えきれない人間を無情に殺めたイルミの掌は ぞくりとするくらいに優しく 冷えた頬に触れてくる。卑しい優越感を覚えてしまうくらいだ。睫毛を完全に伏せた時だった。
何者かが重い扉を蹴破った。同時に会場内にいた半数程の招待客らが断末魔すら残せぬうちに たかがカードで血飛沫の中に消える。見慣れた血液の色が懐かしくて 少しだけ現実味を呼び戻せた気すらした。
花嫁にまで容赦無く投げられたトランプは 白い頬に鮮やかな赤い跡を刻んでいた。
「……さすが、名のある家の方々だ」
ゾルディック、サンドクレア、両家の親族達が単純な一撃で殺されるわけもなく 皆各々の力量で持って 不躾なカードでの挑戦状を受け止めていた。
そもそもヒソカのやることなす事、全てふざけすぎだろう。婚姻の儀をぶち壊した挙句 真っ白な正装をした姿は、黒と赤でのみで構成される厳粛な空間を完全に嘲笑っている。ヒソカはゴミ同然に扱われるトランプカードを満足そうに見回し、奥にいる花嫁へと一直線に近付いてゆく。
「酷いじゃないか。他のオトコの所へ行くなんて」
まず、ヒソカが何を言っているのかがわからなかった。過去に殺されかけた事、愉快犯さながらの彼の奇行を見た事はあるが たったその程度の関係な筈。婚約が成立した時点で自身の存在はイルミのものとなったのだ。
それでも今この瞬間、突如として現れたヒソカが 純真な白い翼を持った救世主みたいに見えてしまったのはどうしてなのかわからなかった。日頃は猟奇の沙汰でしかないヒソカのオーラが 興奮物質みたいに脳内の細胞に絡み付いてくる。
「その悪趣味なドレス、……ホントは脱ぎたいんだろう?」
鋭く熱い眼光に視線を奪われた。例えばここで、真っ直ぐに差し出された白く大きな手を取り 自分自身の物にしてしまえるのなら、愛の意味が見えてくるのだろうか。
「1人で乗り込んで来るなんてバカなの?ヒソカ」
「彼女はボクのものだ」
ゾルディックに飼い殺されるのか、殺人中毒者に弄ばれて殺されるのか。花嫁の運命に従うか、逆らうか。真実の答えが眠るパンドラの箱は無残にも砕け散ってしまったみたいだ。
fin