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〈短編〉H×H

第2章 sanctuary/イルミ/ヒソカ/シリアス乙女ゲ風


荘厳な教会は血よりも赤い薔薇に溢れ ステンドグラスからは淡い月明りが射し込んでいる。摘みたての花びらを濡らす無垢な夜露も 黒く輝く花嫁のティアラの前では存在を自嘲するようだった。

ついに今宵は 待ちに待った儀式が取り行われる日だ。暗殺を担う由緒ある2つの名家、“ゾルディック家”と“サンドクレア家”が結婚式という形で契約を証明する。

ベロアのようになめらかな漆黒のバージンロードは 過去に彼等が請け負ってきた栄誉ある実績の象徴、2人を見守る対のリングは 命の限り終わらない歪な愛の刻印だ。

若き花嫁の姿に親族一同の視線が集う。そんな中、足が重くもつれてしまいそうなのは慣れないハイヒールのせいだろうか。繊細なレースにまみれた黒く重いウエディングドレスは ベールまでもが悲しい程に黒一色、本来これは「結婚式」とは言えない気がする。両家の更なる飛躍による未来の数多の犠牲者を 事前に弔う葬式と表現すべきではないのか。

目の前に立つ新郎へ、重い頭を向ける。ベールの中からでもよくわかるイルミの表情は 過去に見た中で最も穏やかだった。胸元にくすんだ薔薇を飾る黒いタキシード姿のイルミは それはそれはうっとり見惚れるほどの引力を放っている。

「もう逃げられないね」

まず、イルミは大きな誤解をしている。
『逃げる気なんてさらさらないし 逃す気だってないくせに』、皮肉を込めてそう反論したかったがうまく声が出なかった。薔薇の香りは濃密に強過ぎて、鼻ごと視界が歪んでしまいそうだ。

「それでは誓いのキスを……」

祝詞を捧げる神父が低い声で新郎新婦の契りを促す。しんと静まる教会祭壇で黒いベールをゆっくり上げられた。

だが、視界は少しも変わらなかった。目の前が黒く濁っているのはベールのせいなんかじゃない、この婚姻自体が 腐乱する生きた棺桶への入り口でしかない。

「幸せにするよ」

甘美なメッキに包まれたその囁きには イルミの絶対的な意思が見える。美辞麗句が導く答えが何であれ、普遍なのはそこにこちら側の選択肢がないという点だ。

幸せの定義を自ら考える事すら許されぬ有刺に囲われる聖域で、生涯の伴侶を愛し支え 手に余る能力を酷似した役務提供が女の幸せであるならば、確かに自分以上に幸せな人間はこの世のどこを探したって存在しないだろう。
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