第15章 A線上の恋煩い/ヒソカ/オケパロ/その他キャラ
そのテンポはまるでaccelerando(アッチェレランド)、素早さを増すヒソカの後ろ姿を焦りながら目で追った。第一バイオリンのトップ奏者としてこのオーケストラのコンサートマスターを担う立ち位置であると言うのに、指揮者へのまともな挨拶も無きままに いよいよ大きな背中が見えなくなってしまう。
リネルは楽器をトートバッグにしまい込んだ。そそくさ指揮者の前を過ぎてしまおうと、頭を低くする。
ワイシャツの袖を無造作に捲り上げたクロロは 気難しい表情のもと、総譜をトントン整えていた。その前を会釈で誤魔化し 突き進んだ。
「おい」
後ろから声を掛けられぴしゃりと背筋が伸びた。今日の練習においても、時折感じていたクロロの重い眼光がまじまじとリネルの背を縛り付けていた。
「58小節目からのユニゾン、A(アー)の上ズレ何とかしろ」
「…っ!!」
思い切りドキリとした。
何故ならリネル自身にも非の意識があったからだ。
クロロはそれ以上は小言を黙みタクトをケースにしまい込む、別途トランペット部隊にも何たら指示を呈していた。
幸いにも本日は忠告で済んだみたいだ。リネルは胸を撫で下ろした。
それよりもこうしてはいられないのだ。リネルは小走りでヒソカの後を追う。
「あの、…ヒソカさん!」
ヒソカがゆたりと振り返った。
呼び止めるまでは良かったのだが、細い視線を目の当たりにすればその場にてぴしりと固まってしまう。先ほどまで伝統あるクラシックに興じていたとは思えぬ程、ヒソカの放つ空気感は只管に怪しげであるばかり。冷笑を作る唇が軽く開かれた。
「キミ 誰?」
「え?あっ その……っ」
「オケのコかい?クロロの取り巻き?」
「…………」
名前を覚えていてくれる、なんて贅沢を望む気はなかったが。フルートパートであること、いやせめて、このオーケストラのメンバーであることくらいは認識していて欲しかったのが正直なところだ。