第59章 キスまで100㎜/若イルミ/裏
イルミは溜息をつく。
差し出した手を引っ込め、組んでいた足を素早く戻す。靴のまま片足をソファに上げ、背もたれにだらんと身体を預ける。
細長い足での派手な開脚、 顎先を地と平行に保つその姿は形容するなれば“なんて偉そうだ”の一言である。角度的にはこちらが見下ろしているはずなのに、上から見られている気分になる。絡みつく眼光が更に気持ちを煽る。
「ねぇ いつまでそうしてるつもり?」
イルミはふわっと体を起こす。急に身を乗り出され 手首を掴まれる。ぐっと引かれれば 反動でイルミの足元に膝をついてしまう。
「うわっ…」
「こういうことがしたいんじゃないの?」
「え……、」
誘導尋問に 顔を上げれば すぐに視線が噛み合ってくる。日頃であればサラサラ心地よく流れる長い髪がない分、イルミの顔がよく見える。綺麗な顔をほんのり邪魔する 不揃いな毛先が目に止まる。
「そっちからしてよ」
例えるならば 目の前に極上のスイーツを出され “お好きなように召し上がれ”と言われているだけ、至極簡単な提案は今は無理難題に等しい。
本人はわざとなのか無意識なのか。見た目は普段よりも随分可愛らしいのに 挑発的な言い方をする、意地悪を間に挟むコントラストにドキドキと胸が揺れる。
イルミはますます身を乗り出しながら 手首を引き寄せてくる。必然的に顔の距離が縮まる。
「あれ 届かないな」
「………イルミが昔に戻って普段よりも身体が小さくなったせい?」
「もしかしたらそうかもね。この頃は今より10センチくらいは小さかったと思うし」
嘘が誠か、イルミはしれっとそう言う。
少しづつ流されてきたこの状況、こんなにも近くにいれば 先の事を想像し 期待してしまう。イルミの口元に目を奪われる。
こちらの望みは簡単に読み取っているであろうに イルミは自己のスタンスを崩しはしない。冷静な声色を放つ。
「したいなら自分からして」
「…無理…」
「なんで?」
「…だってイルミが、イルミの十代の頃が、可愛すぎるから…」