第59章 キスまで100㎜/若イルミ/裏
人間とは 自身の許容範囲を越える事象に出くわすと言葉を失うものなのだろう。
目の前の様子ははっきり言って想像以上。何せ元の彼をよく知ってはいる。契約にも似た形の下で成り立つ関係であるが、それが最も効果的な鎖として二人の仲を繋ぐ。
今はそんな事はどうでもよく ただただ目の前に釘付けになる。
髪の長さの違いや体格差はあるが基本的には変わらない。何より変わらないのは鈍く絡むような妙な色を秘めたその黒い瞳。髪が短髪になった事で やや目元にかかる前髪が 目の錯覚でも引き起こすのか、大きな目をいつもよりより一層際立って見せている。
必死の思いで それっていくつの時?と聞いてみれば、「15、6くらい」との回答につい溜息が出る。
「この姿 そんなに珍しい?」
真顔を崩さぬ所も変わらない。イルミは音一つ立てず ソファに腰を下ろす。浅く腰掛けスマートに足を組む所作も元のまま。何も珍しい光景ではないのに サイズの合わない服が彼をやたらと愛らしく見せる。
「どうしたの?」
立ち尽くしたまま動けずにいると イルミが前屈みになり顔を覗き込んでくる。普段はあらわになっている細い眉を 今は完全に覆い隠している前髪が物珍しい。前髪から自然につながるサイドの髪が 耳を半分程隠しているのがまたえらく新鮮である。
もはや無意識に感嘆の息が出る。
若干小柄になった体型は 未成熟特有の不安定な華奢さが残る。イルミが着ていた部屋着同然のゆるい服は、腰や腕のラインに柔らかなドレープを作る。襟元から覗く くぼんだ鎖骨には淡い影が出来ていた。
「この姿になってって頼んだのそっちだよ?なに固まってるの?」
イルミはスッと片手を差し出してくる。綺麗な手元は変わらないが その手がやたら小さく見えるのは、服の袖が長く手が一部隠れてしまっているせいだろう。差し出されたその手をおいそれと握っていいものかもわからなくなってくる。
「過去の自分の骨格とはいえこの姿を維持するのは楽じゃないんだよね」