第58章 満員電車/クロロ/現パロ痴漢
「………」
密着したままではたった一区間がおそろしく長い。時折揺れる電車の振動が作用し その男との距離はさらに近くなる。
どうしたものかと視線を泳がせていると ふと耳元に生暖かい吐息を覚えた。
わざとらしく、そっと優しく、囁くように。耳に顔を寄せそんなことをするのは痴漢も同然、嫌気がさすが満員電車で声を出す勇気もなく 気付かぬフリをしながら駅への到着を待つしかなかった。
じっと息を殺していれば相手の行為がエスカレートする。自由のきく片手が顔にゆっくり伸びてくる、指先で耳や首筋をそっと撫でられた。耳元の湿った呼吸がほんのり荒くなる。身体を緊張させるしかなかった。
「………、」
戸惑う瞳を一瞬だけ男に向けた。じっと見る勇気はなく すぐに目をそらせてしまったが 乗り込む時に目が合ったあの男、そうであることに間違いはなかった。
仕方なしに密着しているだけなのに勝手にその気になっている様子は下衆同然だが 見ればなかなかにいい男である。にわかに頬が熱を持った。
ちらりと目が合ったのをいいことに 男はさらに耳に顔を寄せてくる。繰り返される暖かい吐息がだんだん心地よくなってくる、頬に黒髪がさらりと触れ そこから清潔そうないい香りがした。
「………っ」
男の手が腰のラインを柔らかに辿った。ここは電車内、何故か熱を帯びてくる身体に困惑してくる。そろそろマズイのではと 再び男に目を向けた。
何も言わず ぶつかる視線を楽しむように、一瞬だけ男の口端がふっと上がる。その目は全てを見透かしているようで 挑発的な指先が頬から首筋を滑ってゆく。