第52章 普通を叶える/イルミ/執事パロ
飛んだカップは音もなくキャッチされる。ほんの少し中身がこぼれ 執事の真っ白いグローブに小さなシミが広がる。
平然としたまま怒る事も驚く事もしない執事のその態度にも苛々する、顔をそらせて言い放つ。
「下がって。お前の顔など見たくもない」
「就寝を見届けたら退室させて頂きます」
「そういうのがウザいのです!」
「ウザいなどと。どこでそんな俗世的な言葉を?」
それには答えずにギュッとシルクのシーツを握る。
八つ当たりしたいわけでも 怒鳴り散らしたいわけでもない。
ただ小さな願いを語る事くらいは許して欲しかった。弱々しく口にした。
「…わたくしはただ…。朝寝坊をしたり、百貨店で好きなパンを買ってみたり。学校では屋上で地べたに座りくだらない話をしながらお昼を食べたり。学校の帰りにケーキ屋に寄ったり。普通に恋をしたり友人を作ったり。…お金も地位もいらないからわたくしは普通になりたいのです…」
「それではこうしましょうか」
カチャリと小さな音がする、執事は身に纏う懐中時計で時間を見ながら話し出す。
「今から1分間 お嬢様を普通の人間として扱って差し上げます。普通とはどのようなものなのか身を以て体験されてみては?」
「普通に…?イルミが、わたくしを?」
「はい」
とは言うもののその執事の機械のような態度も表情も 普段と何も変わらない。
じっとその顔を見つめ返した。
「じゃあ 言うけど」
「? ええ」
「自分で一銭も稼いだ事のない甘えたガキが一丁前に意見だけ主張してさ、それこそ家や肩書きがなくなったらアンタはこの厳しい世の中生きてすらいけないと思うけど?」
「な、…なんですって?!」
「例えば主従関係も何もなく対等だったら。オレはアンタにそういう感想を持つ」
「ぶ、無礼なっ…」
「アンタの言う普通ってのはむしろ幸せで苦労のない側の方。現実は少しも甘くないのにさ、 根本的に何もわかってない金持ち娘の我儘にしか聞こえない。世間がアンタに持ってる感想は間違ってないと思うけど」
手の平を返したようにつらつら話すイルミに 悔しくも返す言葉が見つからない。
普通というのは何事もない平穏で 心がほんわか暖かくなるものではないのか。
顔が自然と下に向く。
やるせなさで悔し涙が溢れる気がした。