第8章 白くてトロトロ/イルミ/キキョウ/下ギャグ
そんな時 前方からこの家の当主が堂々と姿を現した。颯爽と廊下を歩きこの部屋の前まで向かってくる。
焦りまくる。非常にまずい。下手な笑顔をシルバに見せていた。
「そんな所で何をしている。キキョウはいるか?」
「え ええと、キキョウ奥様は今は、……っ」
心が悟る。ああ、終わった。
長いようで短かったメイドの日々が、そして人生が。
血のつながる親子の事情を見て見ぬフリをした事がシルバにばれれば死刑だろう。うまくシルバを回避出来なかった事がキキョウにばれてもまた死刑だろうか。
シルバは二つノックの後 躊躇なく部屋の扉を開けた。
「準備はどうだ?」
「あらアナタ、今年はイルミが手伝ってくれているから順調よ」
「そうか」
恐々中を覗く。
部屋の中からはふんわり甘い香りが漂ってくる。
テーブルの上にはマフィンやクッキーが並び、アイシングや可愛い形のメレンゲ菓子にパウダーシュガーがこれでもかと並べられていた。キキョウの声は楽しげだ。
「お手伝いしてくれるのはいいけれど。この子ったらやたらとせっかちで料理に向かないわね」
「料理なんて教わったことないし。いきなり出来ないよ」
「それなりのものは出来ているように見える。上出来だ」
目の前には和気あいあいする親子の様子。1人変な想像をしていた自分が随分マヌケに思えてきた。キキョウはシルバに近付いた。
「アナタ 仕上げのものは持ってきて下さったの?」
「ああ。絶滅危惧とされるナキア地方に生息する蠍の毒を粉末化したものだ」
シルバの手には小瓶に入った白い粉。
キキョウはそれを受け取り にこやかに唇を綻ばせた。
「これで仕上げてハロウィンの用意は完璧ね!」
危険すぎる猛毒を仕込んだ菓子を用意するなど、まさにゾルディック家。キキョウは真っ白になっているマフィンをひとつ指先でつまみ メイドの前に差し出した。
「お味見なさい」
「…はい」
アイシングがこれでもかと乗り、下の方まで垂れている。
白くてトロトロとは このことだったのかと納得をした。先ほどの生々しい会話を聞かされた後 そんな気持ちの悪い菓子は食べたくないが命令ならば仕方ない。一口だけかじってみた。
「……甘いです」
「ふふ、今年も素敵なハロウィンパーティーにしましょうね!」
キキョウは実に嬉しそうに 夫と息子に顔を向けていた。
fin