第40章 媚びと本能/ヒソカ/猫夢主目線/死ネタ
「……何やってんの」
「やぁマチ」
「集合時間とっくに過ぎてるんだけど」
いつの間にか 彼に近づいて来たのは1人の女だった。人間とは建前を大切にする生き物だと経験上知っている、若い男女はその典型で 相手に互いをより良く見せたいが為に 優しさの押し売りをし合うものである。つまりは、この女の登場は自身にとっては好都合、いよいよ餌の時間が近くなったと感じる。
「この猫、キミみたいだね」
「は?」
彼の瞳が女へ向かう。彼が女をたてると言うならそれでもいい、次はこの女にねだればいいだけの話である。
「にゃ 」
「自ら寄ってくるし 近付くのはそんなに難しくないけど、その先へもう一歩踏み込むのは困難そう♡」
一瞬だった。気付けば男女の会話が遠くに聞こえ 目の前は真っ赤で 地面は冷たく、武器の一つであるすべやかな猫毛は色を失っている。喉に刺さる四角いカードをつたいどくどく身体の中の何かが出ていってしまう。
この赤く生暖かい何かからまた懐かしい臭いがする。ああそうか。ようやくわかった。でも察するのが遅過ぎた。
「喧嘩売ってンの?」
「買ってくれるかい?」
「いらない」
「やっぱり つれない」
去りゆく彼等を冷たい身体で見送りながら、忘れてしまった本能を責めた。彼に近付いた時、彼の掌から感じた血の匂いと捕食者特有の瞳から読み取り気付くべきだった。結果としては 鈍った自身の本質を不条理に呪うしか出来ない。きっと、この現代社会を生きる上で 人間に媚いることに慣れすぎてしまったのだ。
これは、猫本来の生きる術に蓋をし 勝手な進化を成し遂げた自分への罰だった。
fin