第36章 あなたの眼鏡/イルミ/使用人のイルミ様眼鏡観察
『私は今日も彼のことをずっと待っている。
彼の白い指はすっきりと伸び繊細さを放つまでに美しいのに 関節の浮く広い骨格は歴然と男性の色を刻む。彫刻のような彼の手は、いつも柔らかなタッチでもって とても優しく私に触れてくる。その淑やかさが大好きで、それは時々もどかしかった。頭の中では何度も何度も、きつく抱かれる様や無残に潰される事までもを想像したものだ。
長い腕がいよいよこちらに伸ばされた。愛おしいあの手が近づくだけでこの身は色めき熱を上げ、しっとり湿り火照ってしまうみたいだ。キラキラ淫に放たれるのは きっと濡れた愛の雫だ。
やんわり迫る人差し指はゆっくり私の輪郭を辿る。指先から体温は殆ど感じられないのに 色香を散らす触れ方はたまらなく支配的で思考を緩やかに麻痺させ熱く溶かしてしまう。
右へ、左へ、じれったく流れる指の腹の感触を全神経で堪能した。甘く焦らされ我慢を強いられれば 溢れるように湧き上がるのは興奮と欲ばかり。もっと側で、もっと深く、全身で彼を感じたくなる。
こんなにも恋い焦がれているというのに今日の彼はどうにも意地悪だ。引き寄せてはくれないどころかこちらを見つめてくれすらしない。
本当は知っている。彼はいつだって、ここではない何処かを見ているのだ。それでもいいと思っていた。ほんの少しでも彼の役に立てるのならば、それで十分だった。時々思い出してくれるなら、私はそれで本望だ。
ふと、彼の視線が落ちてくる。夜の闇よりもずっと深い瞳はどんな黒より無情で無垢、見つめられるだけで目眩をおこしそうになる。捉えられたら最後、逃げることは出来ないしその選択肢すら易々刈り取られてしまう。