第5章 真夏の絶対零度/イルミ/ヒソカ/教師パロ/完全無糖
女子生徒の人柄がよく出ている文字だと思った。
枠内に程よく空白を残し、縦に真っ直ぐ、文字の形と間隔は理系教師の目にも美しかった。女子特有の丸っこい癖もなく、もしかしたら毎度校長の代筆を担っている隣の教諭よりも 字が綺麗かもしれない。
完璧で、歪みなく。
真面目で、清廉な。
決して目立つ生徒ではない、だが浮いてしまう程大人しい訳でもない。問題行動も無ければ秀でた積極性がある訳でもない。担任からすると最も扱いやすい“いい子”なのである。
それゆえ常に違和感があった。
そんな完璧な生徒は他に誰1人としていやしない。
遅刻をしたり、髪を染めてみたり、授業中に携帯をいじったり、誰だって一つくらいはそういう所がある。
隣から答案を抜き取られた。
「好きって言う割には毎回平均点以下なんだよね」
100点を掲げたくなる美字な答案用紙にいきなり入るのは赤の罰印、横にさらさら追加されるのは細やかな補足説明だ。
そういえば成績だっていつも真ん中よりは上、はっきり覚えてはいないが数学のテストだってそれなりの点数だった筈。抜かりない“いい子”である彼女に限り 現代文のテストだけ毎回平均以下と言うのはおかしいだろう。彼女の中に、小さな人間らしさを見る。
「あのコなりに必死なんだろ、この答案を少しでも長くキミの手に留めたくて」
「そんな事しても無駄なのにね」
「愛情表現は人それぞれさ。彼女にはなんて返事したの?」
「もちろんキッパリ断ったよ。ちょっと虐めておいたからもう変な気は起こさないでしょ」
会話をしつつもイルミの手先は器用なもので、女子生徒の答案表面はあっという間に赤く色付けされていた。それが静かに捲られる。
ぴたりとイルミの手が止まる。
「おや、火に油を注いでしまったのかな」
「やり方はまだまだガキだね」
それはまるで血の涙だ。
表面の赤い添削の比ではないくらいに、コピー紙の白も 回答欄も、赤一色で壊されている。
“一生愛してる”
綴られた愛憎の言葉は彼女の心の叫びだろう。
泣き狂うみたいだった。
fin