第5章 真夏の絶対零度/イルミ/ヒソカ/教師パロ/完全無糖
「………なら。卒業したら、私がこの学校の生徒じゃなくなったら、また会いに来てもいいですか。それなら困りませんか。先生にちょっとでも見てもらう事が出来ますか。」
「そんな理由で来られても迷惑だよ。オレは学校に勉強を教えに来てるんだし」
「………迷惑?」
「うん。迷惑」
真夏の最中、心が凍りそうになる。
恋心とはなんなのだろう。春の息吹のように清らかで初々しいものではなかったのだろうか。
生徒である今は困らせる事しか出来なくて、卒業すれば迷惑にしかならないならば、今まで何のために身を焦がし胸を裂き 苦しみ続けてきたというのだ。これからもずっと惨めな想いを背負っていかなければならないと言うのか。
「最近の子ってそういうの軽く考えてるみたいだけど迷惑行為は立派な犯罪だよ。オレはそれに相手をしてるほど暇でも寛容でもないし」
心が凍る。恋心なんてそのまま砕けてくれればいいのに 固く閉ざされた胸の中にはまだ、純粋に先生の事が好きだという感情がどくどくと渦を成している。
「それでも私は、ずっと 先生のことを………」
「まあ想うだけなら自由だけど」
「…………」
「はっきり言って時間の無駄だよ。学生の本分は勉強でしょ」
「…………失礼しましたっ」
固くなった心を連れて、その場から逃げるしかなかった。
◆
省エネが叫ばれる近年の余波はこの学校にも根強い。真夏であるというのに職員室の冷房は19時には強制的にオフにされてしまう。
もちろん今現在は校長も帰宅した後であるし素直に従う義務はない。勝手に温度を落としたエアコンを強く回し、教師達はテストの採点に明け暮れていた。
「お終い」
軽快な声に乗せ、ヒソカは朱色のペンをキャップへおさめた。
デスク横に置かれたラスト一口の麦茶を飲み、細いフレームの眼鏡を外す。答案をトントン整え、蓋を閉じた眼鏡ケースと一緒に引き出しにしまい込んだ。
「数学ってのはズルいよね」
そう悪態をついてくる隣の同僚へ横目を向けた。
一時間程前、新米女性教師が注いでくれた同じ麦茶は 減るどころか溶けた氷で傘が増し、だらだら汗をかいているだけだった。